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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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18連











 小鳥が囀りを始め、草木は露を結ぶ黎明の時刻。

 エミレスは静かに起床すると同時に、そそくさと身支度を始める。

 普段であればまだ寝ている時間帯であったが、準備を進めているのには理由があった。

 会いに行く約束を交わしている友人が、その時刻に落ち合おうと言ったのだ。


『明日…君に渡したいものがあるんだ。早く渡したから早朝に会えないかな?』


 彼と出会い友人となってから一月半。

 この頃になると二人の距離感は少しばかり縮まり、互いに敬語ではなくなっていた。

 とはいえ、それ以外に特別な進展はなく。

 執事や侍女の目を盗んで会っては他愛のない会話をして帰る。

 そんな日々の繰り返しであった。

 それ故に彼からの突然の申し出に、エミレスはずっと緊張しっぱなしでいた。

 食事は中々喉を通らず、ベッドに入ったものの一睡も出来なかったくらいだ。


「渡したいもの…なんだろ」


 一体何をくれるのだろう。

 可愛い物か、洋服か。

 はたまた花束かもしれない。

 やはりこれはプレゼントということになるのだろうか。

 そんなことを考えてしまうと一気に妄想は膨らみに膨らみ、止まらなくなってしまうのだ。

 エミレスはまた手が止まってしまっていたことに気付き、我に返ると同時にバルコニーの窓を開けた。




 友人と会いに行く。

 最近はちゃんとそうお願いさえすれば、リャン=ノウは外出を許可してくれていた。

 だが、日時や時間帯によっては許可が下りない場合もある。

 そしてこの時間での外出は絶対に許可されない。

 だからエミレスはリャン=ノウたちに黙って外へと行く。


「ごめんなさい、リャン…」


 そう独り言を呟きながら、エミレスは手慣れた手つきでバルコニーから縄梯子を使い降りていく。

 始めの頃は直ぐに力尽きて落下してしまい、尻餅程度の怪我を何度もしていた。

 だが、今ではすっかり慣れ、そのお陰か両腕には逞しい筋肉が付いてきている。

 地面に足が付くとエミレスは握っていた縄梯子を近くの木の枝へと引っかける。

 遠目で見れば気付かれることはない。


「よし…」


 それからエミレスは手入れの施されていない草むらをかき分け、いつも通りの裏口から屋敷の外へと出ていく。

 見つからないよう足音を消し、それでも歩幅は大きく。

 屋敷が遠のいていくにつれて、彼女の足取りは飛ぶように軽やかなものとなり、駆け出していった。

 ここまでの手順が一番難所であり、そしてエミレスが最も緊張する瞬間だ。

 が、今日ばかりはいつもと違い、未だ緊張に鼓動は高鳴り続けていた。

 頬に当たる生温い風がとても心地よく感じるほど、全身はずっと熱い。

 ようやく明け方だというのに、空は曇天によってどこか薄暗い。

 しかし彼女はそんなことにも気付かず。

 夢中に彼のもとへと駆けて行った。








「待っていたよ…ごめんね、こんな時間に呼んでしまって」


 いつもの待合場所である公園。

 その一角にある大きな古木の下でフェイケスは待っていた。

 肩で息をしたままであるエミレスは呼吸を必死に整えながら、首を左右に振る。


「ううん、大丈夫、だから…」

「今日はどうしてもこの後に用事があってね…と―――」


 と、フェイケスは突如、上空を一瞥する。

 空の天候は悪化の一途を辿っており、今にも雨粒を落としそうだった。


「天候も良くないようだ。君を雨に濡らすわけにはいかない」


 フェイケスの向ける真っ直ぐな眼差し。

 それを、エミレスは慌てて逸らす。

 瞳の色が情熱的であるせいか、彼がその双眸を向ける度、彼女の鼓動は高鳴っていく。

 そういうとき、エミレスは必ず彼に隠れて深呼吸を繰り返す。

 この胸の高鳴りは緊張のせいだと、早く治めなくてはと思いながら。









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