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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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17連









 その後、エミレスはフェイケスの持ってきた朝食を食べながら、他愛のない会話をした。

 会話―――と言っても一方的に語っていたのはフェイケスの方だ。

 色々な商いの話やこの地域の気候や文化について。

 ほんのひとときにしては濃厚なほどに、彼は語ってくれた。

 エミレスはそんな話を何度も頷き、耳を傾けては時折ひっそりと彼の横顔を見つめていた。

 吸い込まれるような紅い双眸を、いつの間にかじっと眺めてしまっていた。


「それでは、また」


 その日は朝食を終え、次回会う日時の約束を交わした後二人は別れることとなる。

 手を振っているフェイケスに後ろ髪を引かれながら、エミレスは屋敷へと帰ったのだった。


「はい…また」


 別れることの哀しみと、だがまた会えるという約束を交わしたことへの喜び。

 その二つの感情に胸を熱くさせながら帰路につくエミレスの足取りはとても軽やかであった。







 

 その日から、エミレスはみるみるうちに変わっていった。

 あれだけ人前を気にしていたのに、最近はよく屋敷を抜け出すようになった。

 興味もなく、むしろ恐怖さえ持っていたはずのおしゃれに気をつけるようになった。

 そして、よく笑うようになった。

 その変化をリャン=ノウは良い経過だと思った。


「もしかするとこのまま…もっと人前に出てもええようになるかもしれへん」


 だが片やリョウ=ノウは姉の考えをあまりよくは思っていないようでいた。

 そう告げる彼女の隣で、渋った顔を見せる。


「そうでしょうか…僕はいけないことだと思います。いつかこのことが大変な事態を招くような気がしてなりません」


 リョウ=ノウはそう言うと踵を返し、執務室を出て行く。

 たったその忠告をしにきただけである弟を見送ることもせず、彼女は小さくため息をついた。


「相変わらず肝っ玉の小さな奴やなあ。あんなエミレスの楽しげな姿見といてよー言うわ」

 

 リャン=ノウはそう呟き、座っていたソファから立ち上がる。

 と、テーブルに置かれていたカップを手に取ると彼女はそれを一気に飲み干した。


「けど…アイツの忠告自体は間違ってへんのやけどな…」


 乱雑に元の位置へ戻されるカップ。

 力強く拭った彼女の口元はまるでほくそ笑むかの如く、口角がつり上がっていた。










 バルコニーに面した窓からリズム良くノックが3回。

 耳に入ったその音に気付き、窓を開放すると、其処には一人の男が立っていた。


「ようこそ」


 その一言に男は顔を顰めて見せる。

 物音を立てないよう室内へと入った彼は慎重に窓を閉めてから告げた。


「もう少し慎重にことを運べ」

「問題ないよ。どうせ誰も見ちゃいないしね」


 男の忠告をそう反論しながらその者は乱雑に椅子へと座る。

 事実、今回で既に何度目かの密会であるというのに、未だ目撃されたという話は聞こえてこない。


「それより経過はどう?」


 そう言いながらその手は目の前に置いてあった盤上遊戯へと伸びる。

 始めるのはいつもの独り遊び。

 ルールなどは全く関係ない、単純な駒の並べ合い。取り合い。


「恐ろしいほどに順調だ。そろそろ次の手に移ったらどうだ?」


 男は立ったままその者の戯れを見つめ続ける。

 が、彼の言葉に遊戯の手が止まった。


「まだだーめ。念には念をってね―――それに、目撃されてはいないけど、怪しんでいる奴がいる」


 男は僅かに眉を顰め、口を開く。


「―――お前の片割れか」


 その者は無言のまま頷く。

 と、その者は白の駒を一つ盤上から爪弾いた。

 弾かれた駒は地面へコトリと音を立て落ちる。

 勝敗のない無意味な戯れを眺めていた男は、静かにその白い駒を拾った。


「…やっぱ次の作戦に行っちゃおうか」


 そう言うとその者は突如、お気に入りの王冠の黒い駒を手に席を立つ。

 移動した窓の向こうでは、重たく不気味な暗雲が夜空を覆い隠していた。


「忠告はさ、素直に受け取っとかないと…ねえ」


 薄暗い室内故に、その者の表情が窓ガラスへと反射することはない。

 が、見えずともその者の顔色を男は容易に想像できた。

 文字通りの無邪気な笑み。

 恐らくこの屋敷のほとんどの者が見たことないだろう真に楽しげな顔。

 それを唯一知る男は顔を顰めながら、手にしていた女神の駒を人知れず強く握り締めていた。








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