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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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16連



 




 二人の執事に脱走が発見されていたとは露知らず。

 エミレスは急ぎ足で街へと向かい、例の公園へ足を運ぶ。

 額から流れ落ちる汗もそのまま、彼女は公園内を見まわしながら歩いた。

 が、特別探す必要もなく。

 彼は昨日と同じ場所―――その草むらにて座っていたのだ。約束通りに。

 早朝の淡い光を受けて輝く蒼い髪。

 憂いを帯びたような大きな紅い双眸。

 駆け足によって火照ったエミレスの全身が、更に熱を上げていく。


「あっ……おはようございます。また会えましたね、エミレスさん」


 読書中であった彼はエミレスに気づくなり、手にしていた書物を畳み、笑みを浮かべる。

 エミレスは顔を真っ赤にさせながら、おどおどとしつつも挨拶を返した。


「お…おはよう…ございます…」


 俯いたまま、視線も合わせられなかったエミレス。

 自分の臆病さを責めつつ、彼女はゆっくりと彼の傍へ寄っていく。

 だが彼に近付くほど、その息遣いが聞こえてくるほどに彼女の鼓動は張り裂けそうなくらいに高鳴ってしまう。

 止まない心臓の音。

 縮こまり、強張ってしまう全身。

 汗が流れるほどに熱いままの身体。


(この感じって…リョウと一緒にいたときと似てる―――)


 リョウ=ノウに抱いていた、小さく淡いドキドキ。

 それが今の友達を前にした緊張感とよく似ていると、エミレスは思った。

 しかし彼女はそう思っただけで、そのイコールが何を意味するかは深く考えなかった。


「あの…」


 すると俯いたままでいるエミレスへと、フェイケスが口を開いた。


「もしよければ一緒に朝食でもどうですか?」


 そう言って微笑みを浮かべる彼の傍らには大きめのバスケットが置かれていた。

 多めに持って来たんですよ。

 フェイケスはそう付け足しながらバスケットの中身を見せる。

 エミレスが覗き込んだそこには手製のパンやジャムやピクルスが詰められた瓶。

 そしてオレンジジュースの詰まったボトルが二つ。


「今日来るかどうかもわからなかったのに…?」


 バスケット内に用意されていた朝食は明らかに二人分の量だった。

 今日ここに来るという約束までは交わしていなかったというのに。


「言ったじゃないですか。いつまでも待っているって」


 彼が見せる柔らかな笑顔と言葉にエミレスの体温は一気に上昇していく。

 重なり合った目線をすぐさま逸らさせ、エミレスはそのまま目線を泳がせた。


「…そんな風に待たれてしまうと…何があっても会いに来ないといけなくなっちゃいます」


 恐る恐る、エミレスはそう言ってしまう。

 言ってしまってから、フェイケスが驚いた顔をしたことに気付き、エミレスは自分の言葉に後悔した。


「いえ、迷惑とか…そういうわけじゃないんです…!」


 慌てて弁解したが、フェイケスは申し訳なさそうに頭を下げエミレスを見つめていた。


「すみません…そうですよね、エミレスの事情も考えず…軽率でした…」


 俯いたまま、本当に反省している様子を見せるフェイケス。

 これまで見せていた大人びた青年のイメージとはかけ離れた子供っぽい姿を見せる。

 そんな彼を見て、不謹慎ながらもエミレスは思わず笑みを零してしまった。


「じゃ…じゃあ…今度は日時も、約束しましょう…?」

「良いんですか?」


 エミレスの提案にフェイケスの顔色が明るくなっていく。


「ではエミレスの都合が良い日時を言ってください。その日に必ず来ます」


 彼の笑顔を見つめてから、エミレスは慌てて視線を逸らす。


「あの…フェイケスさんの予定は、大丈夫なんですか…?」


 無意識に指先を弄りながら尋ねるエミレス。

 フェイケスは肯定に首を振ってから答えた。


「はい。こう見えて私は商いをしているのですが、予定より商談が早くまとまり…暇を持て余していたところでして」


 そう語るフェイケスはおもむろにバスケットからパンを一つ取り出し、エミレスへと差し出した。

 一瞬だけ戸惑うエミレスであったが、起床してまだ何も食べていなかったこともあり、素直にそれを受け取った。

 彼女がいつも食べている柔らかいフカフカのパンとは打って変わった、硬めのずっしりとしたパン。


「そんな矢先に、こうしてエミレスと出会って初めての友人になった……その喜びに少々浮かれていたようです。お恥ずかしい…」


 彼の話を耳にしながらパンの食べ方に小さな格闘をしていたエミレス。

 と、そんな様子の彼女に気付いたフェイケスは、苦笑を浮かべながら彼女に代わってパンを切り分けてくれた。

 懐からだした小刀で器用にスライスし、その一枚を改めてエミレスへと手渡す。


「あの…私も、浮かれていました。貴方に会いたくて…こんな早朝にきちゃったんです」


 触らずとも解る程に熱を持ち始める顔面。

 それを隠すべく俯いたままに、エミレスはパンを頬張った。

 素朴な味わいと強いパンの香が口内に広がる。


「それなら良かった。私も嬉しい限りです」


 フェイケスもまた食べやすく切ったパンを一口と噛む。


「では食べ終わったらどうしますか? 何処か面白い場所にでも―――」

「いえ」


 予想外の即答。

 それも否定の言葉にフェイケスは思わず瞳を大きくさせる。

 しかし彼が過った不安はまったくの杞憂で。


「貴方と此処でお話し、していたいです……私、人混みが、苦手で…でも貴方と話すのは、楽しいから…」


 パンを一口一口噛みしめながら、そう話すエミレス。

 フェイケスは暫し目を瞬かせた後、ふっと人知れず破顔した。


「ありがとうございます。では朝食を頂きながら雑談でもしましょうか」


 穏やかに吹く風に弄ばれる髪先。

 それを空いた手で押さえながら、エミレスは小さく頷いた。








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