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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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13連









「私は(イニム)という少数民族なんです。(イニム)は赤い瞳と蒼い髪が特徴的で…特に髪の色は人によっては鮮やかな空色の者もいれば私のようにくすんだ色の者もいます。やっぱり…変ですよね…?」


 フェイケスはおもむろにそう話し出す。

 苦笑いのような表情を見つけ、咄嗟にエミレスは頭を振った。


「そ、そんなことない…」


 思わずそう言ってしまってから、エミレスは大きな後悔と緊張で顔が真っ赤に染まっていく。

 水分補給をして随分と冷えたはずの顔面が再び、氷が解けてしまいそうなくらいに迸っている。

 そんな顔を隠すよう俯きながら、エミレスは小さく呟く。


「大空のようにキラキラしてて、綺麗だって思いました…」


 言葉を発してしまった気恥ずかしさが後悔となり、エミレスの呼吸は更に浅く速くなる。

 いつの間にかその手は彼の三つ編みを放していた。

 一方でフェイケスはエミレスの言葉に目を見開く。

 そして、破顔した。


「ありがとうございます……この髪を褒められたのは始めてです」

「どうしてですか…こんなに美しいのに…?」


 純粋な疑問が、つい声に出てしまう。

 と、フェイケスはエミレスから顔を逸らし、少しばかり表情を曇らせ語った。


「―――古代クレストリカ美語というものをご存知ですか?」

「は、はい。一応…」


 唐突な質問の意図に首を傾げつつ、彼女は記憶の中から彼が言った単語について思い出す。


「確か…旧クレストリカ王国時代に流行った言葉遊び…みたいなもの? だったような」


 エミレスの説明にフェイケスは「大体そんな感じです」と頷く。


「その一音に美しいと思われる言語を当て嵌め、組み合わせては相手や物を賛美していたという語彙です…今じゃ殆ど知られていない廃語ですけど」


 そう語りながら遠くを眺めているフェイケス。

 おもむろにその横顔をエミレスは覗く。

 一瞬だけ見えた彼の顔は変わらず穏やかそうで。しかし何処か悲しげにエミレスには見えた。


「…私たち(イニム)はその古語の引用から紅蓮と()蒼穹の()族と、世間一般からは呼ばれています」

「ネフ族ですか…?」

「はい…でも私たちはその呼び名を好いてはいないんです」


 フェイケスは手持ち無沙汰の指先で、空になった硝子瓶を転がす。

 時折反射するその輝きに、エミレスは目を細める。


「この国の者からすればそれは…この上ない賛美な語彙なのかもしれない…しかし、(イニム)としては正しい名で呼ばれないことは屈辱でしかありません」


 そう語るフェイケスの硝子瓶が、微かに震えている。

 それを見つけたエミレスは、表に出さないでいた彼の感情をようやく垣間見たような気がした。


「何度も名称の訂正を国に要求してきてはいるのですが認められず。むしろこの髪や瞳の色の違いから恐れる者も出てくる始末…だからこの特徴は私にとっては褒められたものではないんです…」


 と、フェイケスの燃えるような双眸が再びエミレスへと向けられる。

 哀愁とも憤慨ともとれる瞳と相反して聞こえてくる苦笑交じりの声。

 彼女は手に力を込めて、それから口を開いた。


「私は…本当に心から貴方の髪も瞳も素敵だと思いました。それにこんなにも優しい…だから、その…もっと色んな人にちゃんと、(イニム)のこと…理解してもらいたいです」

「ありがとう…そう言って貰えると、嫌いで堪らないこの血が、少しだけ報われるような気がします」


 こんな話をしてしまってすみません。

 そう言って謝るフェイケスを見つめたエミレス。

 心の何処かが、動いたように感じた。




 エミレスはフェイケス―――ネフ族に親近感のようなものを抱き始めていた。

 『国王の妹君』として数多の者に投げかけられる数多の言葉。

 美しい、綺麗、可愛らしい。

 彼女はその賛辞がどうしても本音として聞こえなかった。

 醜い、汚い、不細工。

 そんな、蔑みの言葉にしか聞き取れなかった。

 だが面と向かって本音を言われるのはもっと怖い。

 だから彼女は逃げることしか、顔を背けることしか出来なかった。

 そんなことしか出来ない自分が、エミレスはどうしても嫌いだった。





「その気持ち…私も、よくわかります」


 気がつけばエミレスの瞳から涙が込み上げてきた。

 自分が嫌いと断言する彼を憐れんでか、悲しんでか。

 はたまた違った理由なのか、彼女自身よくわからなかった。

 『ごめんなさい』と、突然泣いてしまったことに謝罪しようとしたエミレス。

 しかし彼女よりも先に、フェイケスが口を開いた。


「―――すみません…実はこれから用事がありまして」


 そう言いながら、彼はその場から立ち上がる。


「え…?」


 こっそりと涙を拭いつつ、エミレスは正面のフェイケスを見つめる。

 フェイケスの瞳とエミレスの瞳が重なり合う。


「心配かと思いますが大丈夫。此処に居ればきっと探している方も見つけてくれると思いますから」


 そう言って微笑むフェイケス。

 先ほどまで怖くて堪らなかった人の目。

 だが今目前にいる彼の紅い双眸は―――それだけは不思議と恐ろしく感じなかった。

 胸打つ何かが、心高鳴る何かが。

 エミレスの中の恐れに打ち勝っていた。

 

「…あの……」


 エミレスは勇気を振り絞って言葉を発した。

 荒々しくなる呼吸を落ち着かせ、彼女は続けて言う。


「色々…ありがとう、ございました………」

「いえ、私の方こそ。こんな私の話を聞いてくれて嬉しかったです」

「そんな…私も他人とこんなに話したのは…初めてでした……」  


 自分の発する一言一言で顔面が迸って熱くなる。

 と、フェイケスは静かに屈みこむと彼女と接近する。

 穏やかな笑顔を浮かべ、おもむろに手を差し出した。


「私も同じようなものです。これも何かの縁…もし良ければ、こんな私と友達になってくれませんか…?」

「あ……友達に…」


 差し出されたその掌をエミレスは恐る恐る見つめる。

 戸惑いつつも彼女は自分の掌を差し出した。

 直後、エミレスの手は大きく温かな彼の手に包まれる。


「ありがとうございます」


 そう言って笑うフェイケスは本当に嬉しそうで。

 無邪気な少年にも見えるその笑顔につられて、エミレスもまたぎこちなくはにかんだ。








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