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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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12連








 公園内の適当な芝生を見つけるなり、ドカリと腰を下ろした男性。

 戸惑いつつもエミレスは彼を見習ってゆっくりと座ってみる。


「もっと近くに寄っても良いんですよ…?」


 大人三人分の距離感に、男性は苦笑交じりで彼女に言う。

 

「あ、でも……はい…」


 緊張が薄らぐギリギリの距離であったエミレスは一度断ろうと思ったが、それが逆に失礼なのでは、と思い返す。

 小さく頷き、彼女は恐る恐る、なんとか大人一人分の距離に近寄った。


「どうぞ、飲んでみてください」


 近寄ったは良いものの、どうすれば良いのかわからずにいるエミレス。

 見兼ねた男性はそう言うと硝子瓶に口を付け、中のジュースを飲んでみせた。

 真似るようにエミレスもジュースを飲み込む。


「とっても甘い!」


 口内に広がる甘い果物の味。

 柑橘類特有の酸味も感じつつ、だがそれ以上に感じる熟された甘味にエミレスは驚いた。

 目を丸くさせながらもう一口と、ちびちび喉を潤すエミレス。

 そんな彼女の様子を見つめ、男性は笑みを零した。


「面白い人ですね…飲んだことないのですか?」

「え…はい……果物をこのようにして飲んだのは、初めてです……」


 エミレスは慌てて顔を俯かせ、答える。

 しかし男性がまたジュースを飲み始めると、エミレスは目の端で彼の髪を見つめた。

 どうしても気になってしまうのだ。

 その髪が。




 一見、泉の底のようにくすんだ鈍色に見えるが、日光に当たるとそれまでとは一変し、青空のような美しい色へと輝く。

 緩く編まれた長い髪先も、まるで高級な織物のようだった。

 綺麗で美しい髪。

 そう感じてしまうほど、彼女の中では反転した考えも浮かんでしまう。


(私の髪とじゃ雲泥の差…比べものにならない…)


 パサついてボサボサで、うねり曲がって直らないくすんだ金髪。

 彼女の眼差しは、いつの間にか嫉妬にも近い羨望のそれとなっていた。

 と、エミレスは男性と視線が交じわり、ようやく我に返る。

 直ぐに目線を逸らさせ、誤魔化すべくエミレスはジュースを口に含む。

 すると男性はまた一つ笑みを零しながら言った。


「名前…聞いてませんでしたね。私はフェイケスと言います…貴方は?」

「えっ、えと…わ、たしは……」


 極度に心臓が高鳴り、顔面の温度が急速に上がっていく。

 思わず顔を上げ、男性を見てしまった。

 男性――フェイケスは柔らかく笑って見せ、エミレスを優しく見つめていた。

 そんな彼の表情にまた目線を逸らし、俯かせると彼女は小さく「エミレス」とだけ答えた。

 

「エミレス…さんですね。よろしく」

「はい…」


 きっと笑みを浮かべてくれているだろうフェイケス。

 が、エミレスは彼の顔を直視出来なかった。

 人見知り故の恐怖、緊張や照れもある。

 しかし一番の理由は『自分の顔を見られたくない』ということだった。

 その思いが彼女を人見知りにしていると言っても過言ではない。

 エミレスはそんな自分の情けなさに憤りを感じつつも、それ以上は何も出来ず。

 ただひたすらに俯くだけだった。


「っ!」


 と、いきなり彼はエミレスの手を掴んだ。

 一瞬で身体が硬直していく。

 心臓が飛び出そうなほど、高鳴っているのがわかる。

 恐怖にも近い感覚に思わず目を瞑るエミレス。

 何をされるかも解らず、早く時が過ぎることだけを祈った。


「…っ!?」


 するとフェイケスは彼女の手を優しく握り締めながら、ある位置へと移動させる。

 エミレスが暗闇の中から感じた感触。

 意外にもそれは、髪の感触に思えた。

 エミレスは怯えながら目を開ける。

 そこから見えた自分の掌は、フェイケスの三つ編みに触れていた。


「触りたかったのかと思いまして…違いましたか?」

「あ…いえ……」


 エミレスの手が、フェイケスの髪と―――そして指先に絡み合う。

 どうして良いのかわからず、されるがままでいるしかないエミレス。

 しかし、不思議と先ほどまでの恐怖心は消えていく。

 エミレスは不意にフェイケスの瞳を見つめる。

 赤い宝石のような美しい双眸で、彼もまた静かに微笑み見つめ返す。

 他人とこんなにも長く瞳を交えたのは、随分と久しぶりだった。








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