6話
「じゃ、ハイリくんはこいつら連れてって手続きしたげてね」
「了解しました」
ハイリは何の文句も言わず、拘束されている賊たちが乗った馬車を引き連れ、門番に門を開けるよう指示する。ひょろりとした軍の男はその猫背をスッと真っ直ぐに立たせ、大きな鉄の門を開けるべく作業を始める。
「にしても、久しぶりだな~。ナスカちゃん元気だった?」
「うん…ナスカ、いろんなとこに行った」
「そうかそうか…お、リンダも相変わらず綺麗じゃん。ちゃんと手入れしてる?」
微笑みながらブムカイは車体へと触ろうとしたが、それをアーサガは弾き返した。
ビシャリと音を立て叩かれた手の甲を咄嗟にブムカイは撫でる。
「汚い手で触んな」
と、アーサガは睨みつけいなし、ブムカイは怖い怖いと口先を尖らせつつ呟いた。
「なんだよ、俺がプレゼントした最新型の『エナバイク』なのに。ちょっと触ったっていーだろ?」
「プレゼントって…もう何年前の話だろが」
「久々なんだしちょっと、ちょっとだけ!」
眉尻を下げ情けなく両手を合わせて訴えるブムカイ。
片やアーサガはしかめっ面に無言で対抗する。
両者譲らないこう着状態になるかと思いきや、そこへナスカが口を開いた。。
「パパ……エナバイクって何?」
彼女はアーサガの服袖をくいくいと引っ張りながら尋ねる。
首を傾げる娘へ、深いため息を付くアーサガ。
彼は僅かに眉を顰めたまま彼女へ言う。
「それは前にも説明しただろ」
「でも、忘れちゃった」
しかし、無言のまま何も教えようとしない父へ、ナスカはそれ以上何も言わずしょんぼりと視線を下げる。
見兼ねたブムカイは彼女のへと顔を向け、得意げに食指を立てた。
「ナスカちゃん、エナバイクって言うのはさ―――それはね、えっと…」
ここでカッコよく説明をしてあげたかった彼であったが、上手く言葉が整理出来ず。
今度はブムカイの方が首を傾げてしまう。
と、そんな彼らへ割って入るように彼女の説明が聞こえてきた。
「エナバイクとはですね。『エナ』という新世代の力を使って動いている『バイク(二輪自動車)』のことです。貴女が今乗っている乗り物のことですよ」
眼鏡の端を押し上げながら何処からともなく現れたハイリ。
彼女は罪人を連行するべく基地内へ入ったはずだったのだが。
「一体いつの間に戻って来たんだよ」
そんなアーサガの疑問に返答はせず。
「…エナって何?」
というナスカの質問には詠うかのように滑らかな口調で、ハイリは説明を続けた。
「エナですか。それはですね、旧クレストリカ王国女王アドレーヌ様が封印された直後、突如発見された新エネルギー物質です。アドレーヌ様が行われた奇跡というタイミングも相まって一部の者には“アドレーヌ様の残気”、“お恵み”とも呼ばれています」
質問者であるナスカへ、なるべく優しい口振りで語るハイリ。
片やアーサガは、神出鬼没に講釈を垂れる彼女へ疑心にも近い眼つきを向ける。
「とはいえ普段は透明無味無臭で目に見えることはありません。石や木等の物質に定着することでその力を発揮するという事までは確認されていますが、それ以上はまだ解明されていません。ちなみに、『エナ』という語源はアドレーヌ様の名であるアドレーヌ・エナ・リンクスから来ています」
「さっすがハイリちゃん! ありがとねー」
一人得意げに満面の笑みを浮かべるブムカイ。
一礼し頭を下げるハイリの隣へと並び、自慢げに彼女の肩を軽快に叩いた。
「恐縮です」
「得意げにベラベラ語りたかっただけだろ。まるでカラクリ説明機だな」
「か、語りたかっただけ…」
アーサガの言葉に気を悪くしたハイリは露骨に眉を顰め、不機嫌な顔をする。
「失礼です。説明に手を拱いているようでしたので代わりに述べただけです、謝罪を要求します」
「失言はあったかもしれねえが、語りたかっただけの件は間違ってねえだろ。コイツに褒められて一緒になって得意げな顔してたぜ」
ハイリは目を見開き、それから慌てた様子で口元を隠す。
その顔は一瞬で耳まで真っ赤に変わり、今にも泣き出しそうな眼つきでアーサガを睨む。
「そんなことはありません!」
甲高い声を上げるハイリ。
と、そんな二人の間へブムカイは半分呆れた顔で再度割って入る。
「落ち着いて二人とも! ハイリくんは説明御苦労、連中を早く中へ連行して」
上司の前という事もありそれ以上感情を露わにすることはなく、ハイリは静かに頭を下げる。
「はい…失礼しました」
しかし、上げた顔は許さないとばかりに憎悪さえ抱いているような顔つきでいて。
アーサガをしっかりと睨んだ後、ハイリは踵を返し、再び基地内へと戻っていった。