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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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7連










 深夜、暗闇に包まれたとある一室。

 ソファへ腰を掛ける人影が一つ。

 約束の来客が訪れるそのときを、その人物は片膝を大きく揺すりながら待ちわびていた。

 と、窓のカーテン越しに突如現れた新たな影。

 その人物はそれを見つけるなりソファから立ち上がり急ぎ窓を開けた。


「遅いよ」


 苛立ち気味の口振りでそう言われつつ、バルコニーに立っていた男は室内へと招かれる。

 男は部屋に入るなり中央に置かれてあるソファへと座る。


「すまない、待たせた。作戦は順調か…?」

「そう見える?」


 男の質問に眉を顰めながら、その人物は真向いの席へドカリと腰掛けた。

 直後に漏れ出る深いため息が彼らの言う『作戦』の進行度を物語っている。


「…どうにも一歩前に出て来てくれなくれさー。解ってたけど相当な奥手らしい…」


 男は顔色を一つ変えずに正面の人物を見つめ続ける。

 

「こうなったらやっぱ君の手を借りた方が早そうだよ」


 前髪を弄りつつそう話す人物。

 時折雲間から姿を現す月光が、その者の揺れる黒髪を照らす。

 

「俺で成功する確率など低いと思うがな…」

「大丈夫だよ」


 男にそう返答したその人物は口角を吊り上げながら言う。


「彼女は間違いなく望んでいるんだもの、運命の王子様ってのをね」


 薄黒い雲が風に乗って月を隠し始める。

 二人の姿はそれにより静かに、闇の中へと呑まれていった。








 

 暗雲が広がっていた昨夜から一転し、今朝は快晴であった。

 柔らかな陽光が窓から射し込む中。

 エミレスはベッドから起き上がり、いつものように髪を梳かす。

 それからいつもの衣装に着替えるといつものように中庭へと向かう。

 人が居ないことを確認し、彼女はひっそりと花壇の手入れを始めた。


「今日も元気に咲いてる…良かった」


 咲き誇る花たちに優しく語り掛け、そうして今日も日課である作業に没頭していく。

 後でいつものように侍女がやって来て中断されてしまうわけだが。

 それでも、彼女にとってこの手入れだけは決して止められない。

 何があっても止めたくないものとなっていた。




 花壇の手入れが終わる頃になると呆れ顔を浮かべた侍女が朝食を知らせにやって来る。

 いつもの会話を交え、いつもの朝食を済ませるエミレス。

 この後はいつもならば読書の時間が待っている。

 が、しかし。

 ここからはいつもとは違う。

 自室に籠るなりエミレスは衣裳部屋の奥から手提げ鞄を引っ張り出した。

 続けてハンカチや財布等を適当に詰め込み、急ぎバルコニーへと向かった。

 バルコニーの手摺には梯子が掛けられている。

 それは昨日、部屋にやって来たリョウ=ノウが用意してくれたものだった。


「ごめんなさい…リャン」


 居るはずのない彼女へ謝罪をするエミレス。

 次いでエミレスは梯子に手を掛け、慎重に降り始めていった。

 周囲は背の高い木々に覆われており、下の階は客室であるため早々見つかる事はない。

 だが、もし誰かに見つかったら。

 そんな考えからエミレスの心臓はドキドキと大きく鳴りっぱなしでいる。

 体力的にも上手く降りられるか心配していたが、何とか両足共に地面へと着地することに成功した。


「待ってて、リョウ…」


 荒い呼吸をそのままにエミレスは急ぎ裏口へと駆けていく。

 その顔に辛さは微塵もなく。

 むしろ喜びから始終笑みが零れっぱなしである。




 しかしそれは無理もない。

 昨夜、部屋を訪れてきたリョウ=ノウが今日の買い物について計画を立ててくれたのだ。

 あの口約束をちゃんと果たそうとしてくれていたのだ。

 街に溢れる人々は好きではない。

 だけど彼と買い物をしてみたい。

 それだけでエミレスは高揚感に酔いしれた。

 ただ、彼との買い物を実現するには大きな壁が立ちはだかっていた。

 それが、リャン=ノウであった。








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