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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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4連








 馬車は舗装された野道をゆっくりと進み、遠くに見える街並みへと向かっていた。

 時折、町の方へ向かう人や馬車の姿。賑わいの音なんかが聞こえてくる。

 エミレスはそんな景色を映す車窓を眺めつつ、たまにリョウ=ノウの方へと視線を移していた。

 と、彼女の視線に気付いたリョウ=ノゥは、小首を傾げつつエミレスに微笑んだ。


「どうかしましたか?」

「う、ううん…」


 エミレスは慌てて頭を下げ、左右に振って答える。

 急速に火照っていく顔面。

 隣り合わせの席。顔を隠す上手い方法も浮かばず、エミレスの顔色は更に紅く染まる。

 するとリョウ=ノウは笑みを浮かべながら口を開いた。


「実を言いますと…僕も緊張しているんです」

「え…?」


 予想外の言葉。

 思わずエミレスは沈んでいた顔を上げる。


「いつもならお茶会の同伴はリャン姉さんの役目なのに…今日は用事があるからなんて珍しく留守番に回ったからもんだから…」


 月一回、この東方の街ノーテルに住まう王族貴族たちが集まって行われるお茶会。

 定例報告会という見栄えの良い言葉もあるが、要は地方貴族たちの見栄の張り合い会でもあった。

 そんな会へエミレスが渋々御呼ばれされる際、いつも同行してくれていたのがリャン=ノウだった。

 彼女の裏表のない明るい性格と口振りは何故か王族貴族に評判があるのだ。


「あんな姉さんだけどなんだかんだ言って昔から救われてばかりで…いざ居ないとなればこんなもんです、面目ない」


 そう言って苦笑するリョウ=ノウ。

 するとエミレスは自然と笑みを零し、彼の方を見つめた。

 

「私もいつもリャンに助けられてばかりよ。でも…貴方が緊張するなんて意外ね」

「僕だって緊張くらいしますよ」  

 

 二人は互いに見つめるともう一度、笑みを浮かべた。

 だが、二人の笑顔には少しばかりの差があった。

 片方は慣れたように穏やかで爽やかな笑顔。

 もう片方はぎこちない、はにかんだ顔。

 と、エミレスはそのうち視線を窓の方へと戻してしまう。

 しかし眺めているのは外の景色ではなく。

 時折ガラス越しに映るリョウ=ノウを見ていた。

 



 エミレスはリョウ=ノウへ密かに淡い想いを抱いていた。

 すらっとした体格、整った顔立ち、女性のような長い睫毛。

 誰に対しても優しく温和な性格に好感を持たない者はいないだろう。

 その一方で正直な一面もあり、時にはそんな言動でリャン=ノウとは違った形で和ましてくれる。

 そういったときに見せるリョウ=ノウの笑顔が、エミレスは何よりも好きだった。

 だが、エミレスは彼への気持ちを押し込めたまま、それ以上考えないようにしている。

 それは、リョウ=ノウに惚れている者が彼女だけではないからだ。

 先刻聞いた侍女たちの会話が脳裏に過ぎる。


『素敵だわ…リョウ=ノウ様……温和だし冷静で紳士だし』

『本当…まるで王族か貴族か位の立ち振る舞いで…彼が一介の執事だなんて思えないわ』


 うっとりと想いに耽る表情、漏れる吐息。

 そうした侍女たちは皆、エミレスよりも目鼻立ちが良く、スレンダーだ。

 自分よりも美しい彼女達と比べてしまい、その劣等感からエミレスはリョウ=ノウへの想いをしまい込んでいた。





(どうせ私なんて…リョウとは不釣合い…それにもしかしたらリョウは私なんて何も思っていないかもしれない)


 そう考えてしまい、エミレスは自然と顔を顰める。

 と、リョウ=ノウが突如エミレスへと尋ねた。


「街の様子が気になりますか?」

「い、いえ…特にそういうわけでは…」


 慌てて頭を振るエミレス。

 もしかして硝子越しに自分の顰めた顔が見えたのかもしれない。

 そう思ったエミレスは急いで笑顔を作る。

 しかし、彼女のそんな苦労を知ってか知らずか。

 リョウ=ノウは「そうだ」と、両手を叩いてみせる。


「今度良ければ一緒にノーテルの街を散策しませんか? リャン姉さんは過保護だからあまり外出させないけれど…僕はもっと色んなことを見たり知ったりしても良いと思うんです」


 外出。

 その言葉にエミレスは複雑な気持ちを抱く。

 街を歩くこと自体には興味がある。無いと言えば嘘になる。

 だが、人前を歩くことにエミレスは抵抗があった。

 用事以外での外出をリャン=ノウは頑なに禁じているが、エミレスにとってそれは苦ではなかった。


「色んなところを御案内しますよ。もちろん、姉さんには内密でね」


 しかし、あのリョウ=ノウが誘ってくれているのだ。

 こんな機会は滅多にない。

 人前が気になるなんて思っていられない。

 そんな囁きが聞こえてきたエミレスは、断ることが出来なかった。


「は、はい…」


 俯きながら、小さく頷いてしまった。

 お茶会へ参加することより、高鳴っていく心臓。

 

 


 例えその言葉に感情がなくとも、ただの社交辞令だったとしても。

 叶わない約束だとしても。

 それだけで、エミレスにとっては至高の言葉であった。








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