2連
庭園より入った屋敷の二階中央、そこにエミレスの部屋がある。
バルコニーが一番広く、彼女のお気に入りの場所だ。
が、しかし。
今はその自慢とは打って変わって気に入らない場所となっている。
自室に入るなりエミレスは沢山の侍女に取り囲まれ、大きな鏡の前に立たされていたからだ。
頭の先から足の指まで、くまなく見ることの出来るそれは、いつもならば厚めの垂れ幕を掛けていた。
だがこの『お茶会の日』ばかりはいつもとは違いオシャレに着飾らなければならない。
長い時間を掛けて、変化のない自分を眺め続けなければならない。
と、エミレスが苦痛に顔を歪めていたそのとき。
突如、扉が勢いよく開いた。
「おっ、ちゃんとやっとんなぁ!」
突然の騒音に何人かの侍女が驚いていたものの、そんなことは気にも留めず。
扉を開け放った張本人は軽快な足取りでエミレスの傍へと歩み寄る。
「新しいドレス似合っとるやん、エミレス様」
そう言って眩いくらいの笑みを浮かべるくせっ毛気味の黒髪が特徴的な女性。
執事らしい燕尾服を纏う彼女は何の断りも無く、突然エミレスの長い髪を引っ張り上げる。
そして誰に断るわけでもなくエミレスの髪を勝手に弄り始めた。
唐突に割り込んで来たその様に、熟年層の侍女は顔を顰めるが文句の一つも洩らせずにいる。
一方で、髪を後頭部で結い上げられているエミレス本人は眉尻を下げ、愚痴を洩らす。
「そんな…似合わないよ…」
「まーた、そう卑屈るのがあかんってゆーてるやろ?」
鑑越しに映る無邪気な女性の笑顔。
エミレスは女性の手を振り解かせ、顔を下に向けた。
「ううん、私が可愛くないのは事実だから…」
頬を紅くしながら、小さい声で反論するエミレス。
一重の小さな瞳、そばかすの頬、美しいとは呼びにくい体型。
誰よりもエミレス自身が理解していた。
自分は美しくはない、と。
エミレスは目を細め、鏡から視線を背ける。
「そんなことはないんやけどなあ…エミレス様にはエミレス様の可愛らしさがな―――」
ため息交じりにそう力説していた女性。
と、彼女の言葉を遮るかの如く、扉を叩く音が響いた。
「お召し替えの最中に申し訳ありません」
ノックの後、入室して来た一人の青年。
先ほど乱入して来た女性と同じ黒髪―――だけではなく、その身長、容姿、服装も同じ。
違いがあるとすれば彼女とは対照的な雰囲気とくせっ毛ではないことくらいだ。
と、二人目の不要な客人に、熟年の侍女が更に顔を顰める。
だが、それは彼女だけのこと。
他の若い侍女たちは青年の登場に、顔を紅く染め、黄色い声を洩らしていた。
そんな彼女たちに微笑で挨拶を交わしつつ、青年はエミレスの傍らへ歩み寄る。
一礼し、鮮やかな黒色の髪が揺れる。
「…ですが、此方に姉さんが入っていく姿を見たものですから」
そう言って男性は自分そっくりな女性の方へ視線を移す。
呆れ果てたという顔を見せる男性とは対照的に、当の女性不機嫌そうに片眉をつり上げさせる。
「なんや? その言い方やとボクは入ったらあかんてことか?」
「そうは言っていませんが…リャン姉さんがお召し替えに加わると余計に時間が掛かりますから」
爽やかな笑顔でそう告げた男性は、姉である彼女の腕を強引に引っ張り始める。
「ええやろ居るくらい別にー!」
「居ることが迷惑になっているんです」
「なんでやねん、リョウのケチー!!」
腰を下ろし我がままとも言える抵抗を見せていたが、女性は虚しくもエミレスの部屋から強制退場させられた。
部屋の外でも文句を叫び続ける姉とは違い、弟の方は紳士的に扉前で一礼し、それからドアを閉めた。
騒々しかった二人の世話役が去った後。
エミレスの着替えを続ける若い侍女たちは次々と感嘆の息を洩らしていた。
「素敵だわ…リョウ=ノウ様……温和だし冷静で紳士だし」
「本当…まるで王族か貴族か位の立ち振る舞いで…彼が一介の執事だなんて思えないわ」
「リャン=ノウと同じ双子だって言うのも信じられないわよ。なんで見た目もそっくりなのにあんなに性格が違うのか…」
と、熟年の侍女が大きな咳払いが響く。
「こら、貴方達。ちゃんとエミレス様のお召し替えを手伝いなさい」
彼女の一声で、部屋は緊張感を含む静けさを取り戻す。
だが、エミレスとしてもその方がありがたかった。
侍女たちが甲高い声で賑やかに話す台詞、会話が苦手だったからだ。
その後、熟練した侍女の指示で着替えは順調に進み、エミレスは何とか王女らしい姿へと変貌していった。




