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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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~別記~









「―――何故此処に呼ばれたか、理解しているかね? ダムシン・ブムカイ第11部隊隊長」

 

 カーテンで閉ざされた密室。

 其処に集う複数の男達―――彼らはブムカイと対峙する形で設置されている椅子に腰かけている。


「あー、もしかしてこの間の報告書の件ですか…いやぁやっぱ部下に書かせたのは不味かったか。いつもの部下とは違ってまだまだひよっこなもんで―――」


 片や一方的に立たされ、追及されている側にいるブムカイであるが、彼は至って平然とした表情で後頭部を掻いてみせる。

 その反省の色も、何を問われているかもはぐらかそうとしている言動に、男達は青筋を立てていく。


「そう言う話ではない!」

「それはそれで問題だが……我々が問いたいのは狩人(ハンター)アーサガ・トルトの処遇についてだ」


 ブムカイは吊り上げたままの口角をそのままに、内心「やはりか」と確信する。

 

「先の事件で犯人の件とは別として、彼はいくつかの罪を犯しているというのに釈放したらしいじゃないか」

「兵器を使っての脱走など、どう考えても重罪だろうが!」

「それを情状酌量の余地があるなど抜かしおって…」


 口々に出てくる男達の言葉に、ブムカイは僅かに目を細める。

 笑みこそ浮かべて見せているが、その心情は想像通りの追及にうんざりしていた。


(…どいつもこいつも、ただ軍の汚名を隠したいだけだろうに……)


 アドレーヌ王国平和維持軍の立場は端的に言えば至極弱い。

 通称アドレーヌの目と呼ばれ、国王より規則と守護を任されてこそいるが、前時代の各国の兵が寄せ集まっただけの慈善と偽善の集団。

 ちょっとした事柄でも内部で足の引っ張り合い、下剋上などが行われている。

 つまりブムカイの目前に居る男達にとって、アーサガの起こした騒動は、どうにか落としどころを見つけて責任逃れをしたい厄介事なのだ。


狩人(ハンター)に罪を問わんというのならば、君に責任を取って貰おうか」

「確かに…今回の事件について一切の責任を負うと報告書には記載されていたが…?」


 と、追及の矛先はいよいよブムカイへと向けられていく。

 これも想定内の展開ではあるが、疲れたとばかりにブムカイはもう一度ため息をつく。


「―――良いんですか? 『漆黒の弾丸』と最もパイプの太い私が軍を辞めちゃっても」


 強気で、横柄とも取れるブムカイの口振りに、男達が凍り付く。


「あ、いや責任はちゃんと受ける気満々なんですよ。減給なり口頭注意なりなんなり受けます。けどね…軍を追放処分なんてことまでには、ならないですよね」


 変わらないその言動に、彼より上官であるはずの男達が皆、口を閉ざし始める。

 眉を顰め、苦虫を噛み潰したような顔でブムカイを睨む。


「『漆黒の弾丸』はどの狩人(ハンター)よりも国王の恩恵を受けている。そして『漆黒の弾丸』の手綱を誰よりも握れるのは私だけ…と、思いませんか?」


 『国王』という言葉に、過剰に反応を示す男達。

 視線はブムカイより外れ、皆一同に俯き始める。


「貴殿らはもしものとき“国王”より責任を問われる覚悟はありますか? あの地獄の日を知る貴殿らなら…私めを立てておいた方が賢明な判断かと思いますけどね」


 それから暫く、男たちは俯いたまま閉口してしまう。

 青ざめた顔、泳ぐ視線。

 彼らの脳裏に浮かんでいる光景は、ブムカイにも容易に想像できた。

 彼もまた男達と同様に、あの日の記憶を持っているからだ。

 先の大戦時代を生き抜いた猛者、勇者たちによって成り立つアドレーヌ王国平和維持軍が、何故こうも弱いのか。

 その起因に繋がる記憶を。


「―――解っている。ダムシン・ブムカイ第11部隊隊長…貴殿には一年間の減給とする…もう下がれ」


 それ以降、男達が口を開くことはなく。

 ブムカイは小さく吐息を洩らす。

 こうなることも、彼は予想済みだった。


(っていうか、このやり取りももう何度目のことか…解ってるくせに体裁だけは良く見せたがりだからなあ…)


 彼は軽く敬礼するなり、そそくさとその場を退室した。




 かつかつと通路を歩く音が響く中。

 

「ブムカイ隊長!」


 突如、ブムカイを呼び止める声が轟く。

 

「おう、ハイリくん。どうした?」

「どうした、じゃありません! 上官たちに呼ばれたそうじゃないですか…てっきり辞職を勧告されたのかと…」


 肩を大きく揺らし、呼吸を整えるハイリ。

 大急ぎで駆けつけてくれたのだろう、額からは汗を滲ませる彼女に、ブムカイは思わず苦笑を浮かべる。


「心配するほどじゃないよ。アイツの揉め事なんざ日常茶飯事だからな」


 そう言うと彼はハイリの肩をぽんと叩く。


「まあ一年の減給は独り身のオッサンでも流石に辛いけどな」

「そんな…たったそれだけ…?」


 意図せずハイリの眼鏡がずれ落ちる。

 そんな甘い処遇で終わるはずがないと、開いた口が塞がらなくなる。

 驚きを隠せないでいるハイリへ、ブムカイは得意の作り笑顔を見せた。


「ま、あの地獄に比べりゃガキの尻拭いなんて可愛いってことよ」


 いつもの飄々とした態度でそう言うと、彼は軽やかな足取りで去って行った。


「地獄って…先の大戦のことですか?」


 そう質問をしたものの、そのときには既にブムカイの姿は無く。

 独り残されたハイリは静かに眼鏡の蔓を押し上げる。

 それから直ぐに彼を追うようにして歩き出した。









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