67話
何処までも続く青い空を柔らかく吹き抜けていく風。
それにより草木が靡き、緑の匂いを運んでいる。
そんな平穏そのものの野原を走る一台の二輪駆動車。
土と石で出来た歪な道を颯爽と走り、黒い装甲は陽の光で白く反射していた。
と、荷台で父の背を掴むナスカが尋ねた。
「つぎはどこにいくの?」
フルフェイスタイプの黒いヘルメットを被るアーサガは、正面を向けたまま答える。
「…母さんのところだ」
「ママのところ? うん、いく」
風を切る音、駆動音が響く中。
彼女の小さな声が、不思議なくらいによく聞き取れる。
ナスカはアーサガの背に顔を埋め、その腕で強く父にしがみつく。
「それ、落すなよ」
「うん…」
ナスカの懐には大切に抱えられている花束があった。
野花で作られたそれは先ほど、すっかり仲良しになったフルトと一緒に摘んで作ったものだ。
彼は次の行き先を予言するかのように、「お母さんによろしく」と付け足していた。
その付け足しに釈然としないアーサガであったが、こういった彼の配慮と先見の明は嫌いでもなかった。
だから今もこうして、腐れ縁が続いているのだろう。
そんな事を考えながら運転しているうちに、漆黒のバイクは目的地に近付いていた。
静かな草原の向こうから、思い出深い建物たちが見えてきたのだ。
街道の脇にある小さな雑木林。
そこでリンダは静かに眠っている。
そして、母であるジャスミンも同じく――。
「パパ、ママすき? ナスカはあったことないけど、すきだよ」
「ああ…今でも愛してるさ」
ナスカの質問に、アーサガは少しの間を置いて返答した。
「だが同じくらいナスカも愛してる」
「ナスカも…いちばん?」
「ああ」
喜んで笑っているのか、はたまた泣いているのか。
その直後、アーサガの後ろで娘は静かに震えているようだった。
そうした反応を見せる彼女を、アーサガは更に愛おしく嬉しく思う。
これからは前を向き続けるだけではなく、ちゃんと正面で娘と向き合っていこう。
そしてこれからも、娘と共に狩人の務めを貫いていこう。
これは親子としての正しい道ではないのだろうが。
これが彼にとっての子と親の絆なのだ。
二輪駆動車はもう直ぐ、二人の大切な人の元へ辿り着く。
木漏れ日の道を進む中、アーサガは不意にフルトが最後に言っていた台詞を思い出した。
「それじゃあまたね、漆黒の弾丸さん。と……小さな弾丸さん」
~ 第一篇 銀弾でも貫かれない父娘の狼 ~ 完




