65話
アーサガは閉口し、フルトの笑みから逃げるように正面へと視線を移す。
迷い込んできたチョウチョを追いかけはしゃぐナスカを見つめながら、彼は考える。
本当にジャスミンは優しかったかのだろうかどうか。
「わからねえな…」
アーサガにとって彼女は恐ろしく頑固で、常に厳しく、理不尽で身勝手だったという印象しか残っていない。
しかし――。
「俺を恨み憎しんでいたのは事実だし、殺そうと思えばいつでも出来たはずだ。だがそうしなかったのは…同情なのか、それとも―――」
「優しさだよ。あの人はいつだって僕たちの事を優先して考えていたんだよ。でも、素直じゃないからそれを全く感じさせてくれなくてね…その辺は君も似ているよ」
その瞬間、アーサガの眉間がひどく寄ったのは言うまでもない。
意地悪そうにクスクスと笑いながら、フルトは彼を見つめる。
不機嫌な顔つきで舌打ちをするアーサガだったが、暫くの間を置いた後、彼は静かに口を開いた。
アーサガは目線を正面へ向けたまま、フルトに尋ねた。
「ジャスミンのしたことは正しいと思うか?」
静寂な空間で、彼の声が響き渡る。
フルトは一瞬だけ驚いた顔をし、アーサガを一瞥する。
相当意外な一言だったらしく、そこには作られた笑顔も自然な笑みもなく。
少しばかり俯き、真面目な顔で沈黙した。
返答に悩んでいる様子から長考するかとアーサガは思ったが、案外早く返事はきた。
「君が質問だなんて珍しいね。それだけ自分のしていることに自信が持てなくなったの…?」
が、それは回答と言うよりは嫌味のような質問を返されただけ。
アーサガは睨みつけるように彼を見る。
しかし内心当たっていると理解している為、反論も出来なかった。
フルトはそれも知って知らずか、おもむろに笑みを浮かべて「冗談だよ」と告げた。
「僕は君のしていることに賛同するよ。じゃなきゃ、狩人なんて制度を認可しなかったんだから」
狩人という制度を許可したのは他ならぬフルト国王だ。
彼が首を縦に振っていなければ今頃、アーサガは全く別の職に就いていたことだろう。
「あのときは……まあ、助かった」
「ちょっと驚いたけどね、城に殴りこんできたときには」
「それに関しても…悪かった」
「一般人にも兵器回収をさせろ! って…何事かと思ったよ」
「……」
その当時の光景を脳裏に過らせたフルトが、思わず大きい声を上げて笑う。
そんな彼に最初は不機嫌な顔を見せていたアーサガだったが、つられるように彼もまた笑みを洩らす。
二人はそうして暫く、聖堂中に笑い声を響かせた。
しかし、おもむろにそれは止まった。
最初に止めたのはフルトだった。
彼は笑みを止めると、これまでに見たことのないような真剣な顔を見せる。
「―――それにさ…僕はジャスミンさんのしようとしたことに賛成できない…」
アーサガが一瞥すると、フルトの瞳は悲しみのような苦しみのようなものを帯びていた。
懐かしい面影と共に、金の髪が僅かに揺れる。
と、彼の口が静かに動く。
「姉さんを女神と呼ぶ人は少なくないけど…人は、神になってはいけないし…姉さんがなれるはずないんだ」
だから、僕は君を応援するよ。
そう言ってフルトは通常運転の笑顔へと戻る。
真剣で、それでいて重みのあった彼の言葉。
その心意について尋ねてみたかったアーサガだったが、笑顔ではぐらかされてしまったこともありそれ以上問う事は出来なかった。




