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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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63話










「まさか此処に入れる日が来るとはな…」


 そう囁くアーサガの声が、周囲で木霊していく。

 ナスカは父が見上げているそれを、こっそりと彼の背から覗き見た。

 そこには巨大な氷柱のような水晶体が、地面から突き出ていた。

 反対側が良く見える程に透明で、天井から降り注ぐ光が結晶体を輝かせ、まさに一つの作品のよう。

 と、ナスカは水晶体の中で“あるもの”を見つけた。

 それは、水晶体に取り込まれるようにして眠る女性の姿。

 美しい薄桃色のドレスを身に纏い、金の長髪に伏せられた長い睫毛。白く細い肌。

 水晶体の中で眠るそれは美しい人形のような人間の女性であった。


「キレイ…」

「…アドレーヌ。この世界を救った人だ」

「パパ、どうしてアドレーヌはこの中にいるの?」

「それは―――」


 娘の純粋な質問に言葉を詰まらせてしまうアーサガ。

 彼は無言のまま顔をしかめ、巨大な水晶体の中で眠る女性―――アドレーヌを見つめた。

 どうして彼女はこの中にいるのか。

 この水晶体の中で眠っているのか。

 そもそも、彼女は眠っているだけなのか。

 だとしたら、何を夢見て生きているのか。

 それは、アーサガも知らない―――だからこそ知りたいと思う謎であった。




 



「―――それはね、世界を救ったときに力を使い切ってしまった自分を守るために眠っているんですよ」


 と、そのときだ。

 何処からか聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえてきた。

 最後に彼と会ったのは、アドレーヌがこの状態になった直後の頃だった。

 アーサガは目を見開き、声が聞こえてきた方を見やる。

 結晶体の裏手から静かに姿を見せた人物は、にっこりと穏やかな微笑をアーサガに向けた。


「お久しぶりです」

「お前もな…フルト」










 フルト・シー・リンクス初代国王―――もといフルトは、アーサガの隣へと静かに歩み寄る。

 と、彼の登場に思わずナスカが怯えてしまい、彼女は眉を顰めながらいそいそと父の背後へ隠れる。

 そんな幼女の姿を見つけたフルトは苦笑を浮かべて言った。


「随分と似てないですね」


 その言葉に今度はアーサガがフルトを睨むように顔を顰める。

 視線に気付いたフルトは「冗談ですよ」と苦笑交じりに言いながら、眉間の皺が取れないでいる彼の隣へと並んだ。


「現国王様の割に物騒だな。警備兵が一人もいないとは…」

「頼んだんですよ。こうすれば、君に会えるような気がしましたから」


 そう言ってアーサガに微笑みを見せるフルト。

 何年振りに見たフルトの顔は随分と大人びたものへと変わっていた。

 アドレーヌと同じ碧色の瞳に金色の髪を持つものの、彼女とはまた違った雰囲気を放っている。

 アーサガは以前、アドレーヌから聞いたことがある。

 彼とアドレーヌの母は同じだが、父親は違うのだ、と。

 だが、フルトはこの世でたった一人の大切な弟なのだ、と。


「―――敬語は止めろ」


 静かに目線を逸らし、アーサガはそう洩らす。

 フルトは笑みを浮かべたまま「ごめん」と謝罪する。


「すっかりこの口調が慣れちゃっててね…でも、それももう卒業ではあるけれど」


 アーサガはふと目の端でフルトを一瞥する。

 相変わらず彼は微笑み続けているが、よく見るとそれは天性のものと社交的なものが入り混じっているような笑みであった。


「もう卒業…ってどういう意味だ?」

「うん。甥っ子―――姉さんの子供がもう直ぐ15歳になるんだ。成人の儀までは後3年もあるけど、もう充分大人だ。だから王位を譲ろうと思ってね」


 姉さんの子供。

 アーサガはそう話したフルトとほぼ同時に、アドレーヌの方を見つめた。

 彼女の息子が産まれてから、もう15年も経つ。

 息子は王位を継承出来る歳になったというのに、彼女は今もあの頃の姿のままこうして眠り続けている。

 そんな時間の流れを、アーサガは短く長くもどかしく苦しく―――複雑な感情で受け止めた。









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