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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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52話







 

 ジャスミンの後を追いかけ屋根伝いに飛び移っていくアーサガ。

 しかし彼は着地の度に、足から走る激痛に表情が歪む。

 骨折までには至らなかったものの、打撲によって青く晴れ上がっている脚。

 とてもじゃないが、いつものように軽やかに走れる脚ではなかった。

 だが、彼はその激痛を堪えながら彼女を追い続ける。

 そうしてジャスミンの案内で辿り着いた場所は、街道から離れた位置にあった墓所だった。


「随分と上手い場所を選んだな」

「此処なら遺体を運ぶ手間がないだろ?」

「同感だ」


 墓所と言っても大戦時に造られた此処は、墓に見立てた木の棒が無数に並ぶのみの簡素な場所で。

 今でこそ草花に囲まれ、近くには雑木林も存在しているが、当時は一面荒れた大地だった場所だ。

 そんな墓所の獣道を進むジャスミン。

 辿り着いた奥地には、綺麗な石で建てられている墓が一つだけあった。

 墓石にはクレストリカ語で『愛するリンダ、此処に眠る』と書かれていた。


「久方ぶりだろ? 墓参りなんて…」


 アーサガはその墓石を黙って見つめた。

 が、すぐに目線を戻しジャスミンを睨みつける。

 ジャスミンは「冗談だよ」と言って、いつの間にか構えていた銃を降ろした。


「ま、遅かれ早かれ…愛する者のとこへ行くことに変わりないさ」

「俺に行く資格なんざあるとは思えねえけどな」


 アーサガの言葉にジャスミンは口端を吊り上げる。


「へえ…解ってんじゃあないか」

   

 彼女はそう言うと銃を持たない方の手を差し出した。


「だったらこれが贖罪だと思って手を貸しな――あたしと共に、アドレーヌを神に仕立てようじゃないか」







 しかしアーサガは差し伸べられた手を取らず、代わりにジャスミンを鋭く睨みつける。


「あんたももう解っただろ? 人は刷り込まれた言葉にゃ忠実だ。戯言だろうと虚言だろうと信じちまえば簡単に人を憎むし呪う…真実にだってなるのさ」


 アーサガの脳裏に蘇る、憎しみに満ちた義母の双眸。

 拒絶したように青ざめた娘の顔。

 永遠に語るつもりのない、真実の光景。


「だからこそ、アドレーヌを神として兵器廃絶の教えを作れば…考え方を変えさせれば兵器も争いも消える。だからあんたはあたしと共に―――」

「―――御託はもういい」


 今度はジャスミンが片眉をつり上げ、顔を顰めさせる。


「俺はアドレーヌを女神なんかにしたくもねえし、世界平和どうこうも正直興味ねえ。ただ……約束を果たしたかっただけだ」





 遠い日にアドレーヌと交わした、淡い想いの約束。

 それは彼女が居なくなった今となっては、薄れゆく記憶の断片でしかない。

 しかし、アーサガにとっては使命と言う名の誓いであった。

 だからこそ、愛する妻と娘をも巻き込んで、約束を果たそうと続けていた。


「俺はただ約束を果たそうとすることで…アドレーヌやリンダの分も生きていると実感したかった。思い込みたかっただけだった。だがそれは間違いだった…あんたの言う通り、それにはようやく気付かされた」


 ジャスミンは静かに、高圧的に、アーサガを見つめる。

 だがアーサガは彼女の威圧感に臆する事なく、冷静に語る。

 

「…これからは過去の約束のためじゃねえ、ナスカの父親として狩人ハンターとして今を生きていく」

「じゃあ何かい? あんたはアドレーヌの想いもリンダへの償いも忘れるってことかい…?」


 鋭い眼光がアーサガへと向けられる。

 先ほど以上の威圧感。

 冷静に見せている表情とは裏腹の、憎悪と怒りに満ちたジャスミンの気迫を、アーサガは嫌と言う程に感じた。

 これまでにない程の迫力だが、アーサガは呼吸を乱す事もなく。

 凪の様な心で、彼女と対峙する。


「忘れるわけじゃねえ」

「そもそも…大した教養もさせず、母の最期も教えなかったあんたにあの子がこれからも付いて行くって思ってんのかい?」

「あいつに嫌われたとしても構わねえよ。俺はあいつを守り育てていく…これは約束でも義務でもない、俺が俺に誓ったことだ」





 二人は同時に銃を構えた。

 同じ仕草、同じ体勢、同じ顔つきで。

 

「―――で、あんたはあたしに負ける気はないってことかい?」

「生憎、負けと言う言葉と意味を教わり損ねたんでな」

「ふん」


 二人の双眸が、互いの顔を、急所を、狙う。

 と、肌寒さを与える風が、墓所の至る所へと吹き荒ぶ。

 鬱蒼と生える草木が揺れ、擦れる大きな音が響き渡る。


「結局…これで決めるしかないみたいだね」

「はなからそのつもりだ」


 自然と同化するかの如く、二人の神経が研ぎ澄まされていく。

 その沈黙に合わせるかのように、周囲を吹き荒んでいた風が、ピタリと止んだ。

 時が止まったように静寂となる空気。

 呼吸さえも痛みさえも忘れるほどに、アーサガは集中する。

 するとそんな無風の中。

 力尽きたのか木の葉が一枚はらりと散り落ちていく。

 それがゆっくりと揺らぎ、そして地に付いた瞬間。

 アーサガは目を見開いた。

 引き金が引かれ、決着をつける最後の一弾が放たれる。








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