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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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51話

 







 アーサガの絶望したような青ざめた顔を眺め、ジャスミンはこれまでにないほどの邪悪な笑みを浮かべた。


「反論はないようだね? まあ、あんたが否定出来るなんて思っちゃいないけどねえ」


 窓から射し込む光を背にして座るジャスミン。

 その姿は逆光によって黒く翳り、笑みはそれを更に際立てる。

 彼女は枕元からマッチと煙草を取り出すと、勝利の美酒さながらに火を付け吸い始めた。

 室内に漂い広がっていく紫煙。

 余裕を見せつけるジャスミンに負けじとアーサガは鋭く睨み続けているが、しかしそれ以上動く事が出来ない。

 彼女との直線上にナスカがいることもあったが、脚の痛みで思うように動ける自信がないという理由もあった。

 何より、目の前で娘が恐怖と悲しみで怯えきった瞳で、震えながら見つめている。

 そんな姿を目の当たしてしまい、アーサガは全身に刃が突き刺さったような感情に襲われ、動けずにいた。

 沈黙された雰囲気は暫く続くと思われた。

 が、おもむろにジャスミンが口元から煙を零しながら言った。


「……最後の決着といこうか」


 彼女の口端は釣り上り、アーサガを見つめる。

 アーサガは無言のまま、顔を顰め睨み返し続ける。


「このままあんたの首を掻っ切るのは簡単だろうさ。けどね、あたしもそこまで悪魔じゃあないよ」


 と、彼女は懐から拳銃を取り出した。


「だから…これで決着をつけようか。よくやってただろ?」 

「ああ…」

 

 揉め事の決着は早撃ちで。

 ジャスミンから銃の手解きを受けた際、学んだルールの一つだった。

 頼み事、困り事。そういった話での決着はいつも早撃ちで決めていた。

 しかし。

 アーサガはこれまで一度も彼女に勝ったことがない。

 だからこそアーサガは決着に納得がいかず、リンダと駆け落ちをしてしまったわけなのだが。


「…だが、ここではなく違う場所で、だ」


 娘やハイリを万が一にも傷つけるようなことはしたくない。

 そんな彼の意図を察したジャスミンはナスカを一瞥した後、「わかったよ」と答える。

 ベッドから立ち上がると踵を返し、背後の窓を大きく開けた。

 生暖かい風が部屋中に吹き、積もっていた塵やホコリを飛ばす。

 ジャスミンは窓の木枠へと手をかけ、「着いてきな」と、言った。

 アーサガもまた、其処から去って行った彼女の後を追うべく歩き出そうとする。

 と、彼は目の前の娘へ視線を移した。


「あ…あ……ぁ……」


 微かに洩れるナスカの声。

 いつも見せてくていた笑顔とは程遠い、青ざめ引きつった顔。

 アーサガは硬直する娘へ何と声を掛ければいいのか解らず、眉を顰める。

 とは言え親として、こんな彼女をこのまま置いて行くわけにもいかない。

 様々な思いと葛藤しては口を開きかけるが、結局アーサガから声が発せられることはない。




 

「ナ…スカ……ちゃん」


 と、沈黙した室内で、おもむろに聞こえるハイリの声。

 彼女は苦痛に顔を歪めながらも上体を起こし、ナスカの方へと手を伸ばしていた。


「ナスカちゃん…は…私と、一緒に…いてください…」


 ナスカは頷くと急いでハイリの傍へ駆け寄り、取り出したハンカチで溢れ出ている口元の血を拭ってあげた。

 「ありがとう」とハイリは礼を言って微笑んで見せるが、怪我が痛むのだろう呼吸は浅く、早い。 

 そんな彼女の状態を見るべくアーサガもまた近寄ろうとしたが、視線が合ったハイリは静かに頭を振っていた。


『すみません』


 彼女の唇がそう微かに動いていたが、その声は彼の耳には届かず。

 アーサガは静かに動き出す。


「色々と、悪かったナスカ。ハイリ、ナスカを頼む」


 ようやく声に出せたその言葉だけを残し、アーサガは怪我人であることを微塵も感じさせない動きでジャスミンを追いかけていった。

 再度、静寂となった部屋には先ほどよりも強い風が流れ始める。

 まるでせき止めていた何かがなくなったかのように。

 ハイリは深く呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと瞼を閉じた。


(…了解です―――そういえば名前、初めて呼ばれたな…)









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