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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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49話










「おやおや…お客さんが一人多いね。しかも軍人と来たもんだ」


 女の姿を目の当たりにし、ハイリは眉を顰める。

 それは昨日、アーサガを助ける際に一瞬だけ目撃した―――白煙の中で垣間見た例の女であった。

 ハイリは静かに息を呑み、腰に携えていた銃を構える。


「だめ!」


 しかしナスカの叫びに構えていた銃口が僅かに下がってしまう。

 隠せない彼女の動揺に気付き、女はハイリを嘲笑う。


「フフ…けれどあたしを捕まえる為に来たわけじゃなさそうだね。だったら引っ込んでてもらいたいとこなんだけどねえ」


 不敵に吊り上がる口角。

 対してその双眸は全てを見透かすかのように鋭く、冷たい。

 ただの女とは思わせない威圧感に負けじと、冷静に努めハイリは身構える。


「ジャスさん…貴方はナスカちゃんの祖母で、そして……ディレイツの首謀者ですね?」

「そうだと、言ったらどうするかい?」


 そう尋ねられ、ハイリはナスカの顔が見られなかった。

 見てしまえば確実に気持ちが揺らいでしまうと思ったからだ。

 しかし、相手は数多の事件を起こしている大罪人。

 一部では義賊と呼ばれていようとも、一人の少女の祖母であろうとも、罪人は罪人だ。

 ハイリはナスカと視線を交えることなく、改めて銃をジャスに向けて構えた。


「罪人は罪人です。貴方を連行し、牢の中でナスカちゃんと会話して貰うまでです!」


 「だめ」と、ナスカがもう一度叫ぶよりも早く。

 ハイリは次の瞬間、ジャスによって吹き飛ばされた。


「がはっ…!?」


 ジャスはハイリの言葉を待たずして素早くその懐へ飛び込んでいた。

 そして、ハイリが抵抗する間も与えず、力いっぱいその鳩尾を蹴り飛ばしたのだ。

 蹴られた彼女は呻き声と共に反吐を出し、後方へ飛ばされ倒れ込む。

 鈍い痛みと鋭い痛み。

 双方の感覚に襲われながら、ハイリの意識は遠退いていった。





「ジャス…?」


 ハイリを蹴り飛ばしたジャス。

 突然のことに理解が出来ないナスカは、顔を青ざめさせ今にも泣き出しそうな顔でジャスを見つめる。


「安心しな。お話しの邪魔だからちょっと眠ってもらっただけさ。まあ、あたしのブーツは鉄板仕込みだから…何本か骨を折ったかもしれないけどねぇ」


 ジャス、もといジャスミンはそう言うと優しい表情を見せ、ナスカの前で屈み込み、その頬を優しく撫でた。


「お姉さん…蹴ったら、だめ…」


 戸惑いながら、恐る恐るそう口を開くナスカ。

 彼女の言葉に再度微笑むとジャスミンは更に優しく、頬を撫でる。


「そうだね、あんたは優しい子だよ」


 祖母に撫でられて、ナスカは静かに瞼を閉じた。

 父とは違う、ジャスミンの放つ優しい香りと気持ち良い掌。

 そうして感じるくすぐったい心地よさに、酔いしれる。

 母と錯覚させるジャスミンの温もりが、ナスカに頬の痛みを忘れさせてくれる。





「―――あんたのママもね…あんたのように優しくて良い子だったよ」


 おもむろに、ジャスミンは話を始めた。

 ハイリの状態を心配していたナスカであったが、ジャスミンから“ママ”の言葉が出され、気持ちがそちらへと向いてしまう。


「でもね…あんたのパパが馬鹿だったから…ママは不幸になっちゃったのさ」


 ナスカはその一瞬、背筋が凍り付くような感覚に震えてしまう。

 ジャスミンの見せる表情が、その一瞬だけ、まるで鬼のようなものへと代わったからだ。

 ナスカは竦み上がってしまいそうになるも、ジャスミンの掌は頬から離れず、話はまだ続く。


「あんたのママはパパと駆け落ち―――勝手にあたしを置いて出て行っちゃったんだよ。そしてあんたを生んだ」


 自分の誕生話を聞き、初めて知ることへの感動を抱く反面、『置いていかれた』という単語がナスカの耳から離れない。

 つい昨日、自分も同じような経験をしてしまったからだ。

 哀しさ、寂しさ、辛さ、苦しさ。

 あの経験はもう味わいたくはないとナスカは思う。


「まあ、そこまでならまだ許してやろうと思えたさ。だけどね…」

「だけど…?」


 すると、ジャスミンはまた顔色を変えた。

 怒りとも憤りとも、後悔、悲しみとも取れる表情で彼女は語る。


「兵器なんて鉄くずに現を抜かしたせいで、ママは殺されたんだよ…パパにね」


 ナスカは驚き、目を見開く。

 無意識に身体が震え出していく。


「殺された…って、死んじゃったってこと?」

「そうさ」


 ジャスミンは笑った。

 だがその笑みは笑顔と呼ぶには余りにも程遠い、冷徹なものだ。

 ジャスミンは更に続きを語ろうとした。

 が、その瞬間。

 響いた轟音がそれを遮り、会話を中断させた。

 扉が蹴破られる轟音。

 そこから現れたのは、アーサガだった。








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