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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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46話

 








 痛み止めが切れてきたのか、はたまた無理に動かしたせいで傷が悪化したか。

 激しくなる脚の痛みを堪えながらも、アーサガはエナバイクを走らせ続ける。

 娘を追うため、ちゃんと話し合うために。

 荒くなる呼吸を抑えるべく、脳内で違う事を考えようと、彼は色々過去の記憶を思い返していく。

 懐かしく、温かく、そしてとても痛い、辛い記憶を。




 *




『ねえ…この子の名前、何が良い?』


『別に何でも』


『もう…“ベツニナンデモ”なんて名前あるわけないでしょ!? 私は貴方に…アーサガに決めて欲しいのに…』


『―――ナスカ』


『え? もしかして闇言?』


『闇言だったら意味は“抗う悲しみギルド”になるだろ? いくらあのジャスミンが作ったからってそんなのにあやからねぇよ』


『じゃあ…なに?』


『前にジャスミンから聞いたんだが、闇言順のモデルになった“古代クレストリカ美語”ってのがあるって』


『うん、それは聞いたことあるけど』


『で、ナスカはそれぞれ純白()()天使()って意味なんだ……つまり―――』




 *




『―――お前の時代はあんま必要なかったかもだがな、これからは教養も必要なことだ。なあ、ナスカちゃんにも読み書き教えた方が…』


『うるせえ! 俺は教えて貰わずとも覚えられた。ナスカだって勝手に覚えるに決まってる…俺がちゃんと育ててんのに指図すんじゃねえ!』


『はいはい…もう何も言いませんて』




 *




『―――逃げて、アーサガ…!!』


『リンダ!!!』




 *




『俺のせいで…リンダが……約束がッ――――』




 *




 ――絶対に、約束よ――。




 *




 






 時間は遡り、ナスカとハイリが外へ出て行く前のこと。

 ナスカはアーサガに暴力を振るわれたということで、被害者という扱いになっていた。

 加害者は親でもある、あの有名人“漆黒の弾丸”であったものの、基地から無断脱走した件に加え医務室の窓破損いう、今回は何時にも増して度を超えた規則違反の数々。

 娘への暴行も踏まえて灸を吸える意味で禁錮十日という処罰が下され、アーサガは独房へ押し込められた。

 そのためナスカはアーサガとは別の個室で保護されることとなった。




 一人寂しくソファに座るだけのナスカ。

 昨日楽しそうに読んでもらっていた本にも、遊んでいた人形にも手をつけないでいる。

 お腹が空く時刻だというのに、目の前に置かれているお菓子にもジュースにも手を出そうとはしない。

 と、そこへドアをノックする音が聞こえた。

 ナスカはドアを開けに行こうとも、返事をしようともしない。

 暫く経ってから扉は勝手に開かれ、そこからハイリが姿を見せた。


「大丈夫…ナスカちゃん?」


 しかし、ナスカが返事をすることはない。

 それどころか、感情を表そうともしない。

 俯いたまま、まるで時間が止まってしまったかのように黙りっぱなしであった。

 困ったように眉を顰めながら、ハイリはナスカの隣へと座った。

 それでも、彼女は口を開こうとしない。


「パパのことは、その…ちょっと会えないだけだから…ね?」


 無言のまま頷く事さえしないナスカに、ハイリはより一層不安を抱く。

 おそらく、それほどまで父に打たれたことがショックだったと考えられたからだ。

 幼い子供へ暴力を振るうことは、この上なく許されない残酷な行為。

 ましてや、実の親が相手ならば尚更に。

 それはまさにこの世で一番信じていた者から裏切られるのと同等のことだろうからだ。


「その…ナスカちゃんには他に家族は…いないの? おじいちゃんとか、おばあちゃんとかは?」


 ハイリは思わずそんな質問をした。

 質問してから彼女は後悔する。

 父親アーサガが祖父や祖母などの家族構成について、きちんと教えているとはとても思えなかった。


「あの、えっと……ママかパパのパパとか、ママかパパのママという人のことを…パパから聞いたことあるかな?」


 そう投げかけたものの、おそらく回答はないだろうと思っていたハイリ。

 が、意外にもナスカは反応を示していた。

 顔を上げ、ナスカはハイリを見つめていた。

 何か言いたそうな顔。

 しかし、口は動いているものの、言葉が出ない―――それを口にして良いかどうか、迷っているように思えた。


「焦らなくて大丈夫。ゆっくりでいいから教えて?」


 するとナスカは小さく頷き、ようやく返答してくれた。

 まだ声は出していないものの、それだけでハイリはとても安堵する。

 暫くの沈黙があった後、ナスカは静かにその重い口を開いた。


「ママのママなら…知ってる」

「え…ママのママ…おばあちゃんがいるの?」


 ナスカが頷くことはなく。

 代わりに、ポケットからぐしゃぐしゃになっている紙きれをゆっくりと取り出した。

 ハイリは彼女からそれを受け取り、丁寧にその紙きれを開いていく。

 そこには地図と、そして店名らしき名称が書かれていた。


「ヴェムラ…?」










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