36話
それからのクレストリカ王国――もといアドレーヌの運命は目まぐるしく変動していった。
広場でのお披露目の半年後にアドレーヌは男の子を産んだが、引き換えに新国王は戦地で亡くなってしまう。
同時に訪れた喜びと悲しみの報に、王国が複雑な雰囲気に包まれていたあの日々は今でも忘れはしない。
「…アドレーヌ平気なのかな…」
アドレーヌを心配するリンダと同じくアーサガもアドレーヌに想いを馳せる毎日。
だがまだ幼い彼には目の前の彼女を見守ることくらいしか出来なかった。
更にそれから間もなくして、国の実権はアドレーヌへと引き継がれ、彼女は事実上のクレストリカ王国史上初の女王となった。
情報屋の話ではアドレーヌ女王誕生については、他の王族たちから多くの批判の声が上がっていたというが、大臣側がそれを押し切って決定させたのだという。
女王誕生の御触れには、流石のアーサガも違和感のような、胸のざわつく感覚に襲われた。
当然喜びも一入であったのだが、それ以上の胸騒ぎがしていたのだ。
そして、それは現実となってしまい、アドレーヌは―――。
「懐かしいだろ…何年ぶりだい? 此処に帰ってきたのは」
突然の声にアーサガは急いで銃を構え、そして引き金に指先を添えた。
だが、ステージ袖の暗がりから姿を現した女は既に銃口をアーサガへと向けていた。
アーサガは顔をしかめる。
「ジャスミン…お前に懐かしいという感情があるのか? 過去の思い出の場所を…リンダやアドレーヌたちとかつて過ごした場所全てを消して回ってるあんたが…!」
アーサガの叫びに彼女は高らかに笑って見せると、銃口を彼へと向けたままステージ上まで歩いていく。
外見は実年齢より少々若く見える妖艶な―――しかし何処にでもいるような一般の中年女性だ。
だが、アーサガにとってはどんな厳つい体格の男や凶悪な罪人よりも恐ろしく、彼女が歩くその足音だけでも威圧感で気圧されてしまいそうになる。
ジャスミンはアーサガを見下せる位置まで来ると、改めて高らかに笑った。
「あっははははっ…確かにあたしには言う資格がないかもね…でも、それはあんたにも言えるだろ? あたしから娘を…全てを奪った男が…!」
直後に引かれる引き金。
轟く銃声音よりも僅かに早く、アーサガは身体を逸らし逃げていく。
撃たれる銃弾を辛うじてかわしながら、彼は物陰へと隠れた。
アーサガは安全な場所で体勢を立て直すと同時にジャスミンへ銃を撃つ。
放たれる銃弾はジャスミンの心臓目掛け飛ぶ。
が、彼女もそれを予測していたらしく、寸でで退いてみせた。
相変わらずの不敵な笑み見せつけながら。
二人はそれから、銃撃戦を始めることとなる。
二人は近くの物陰に体を隠しながら、時折見える相手目掛けて銃を撃ち合う。
広さだけは申し分ない廃屋には銃声が何回も響き、壁の至る所に風穴が開く。
と、そのやり取りの最中、急にジャスミンは鼻で笑った。
「ふん…少しは腕が上がったようだが…まだまだだね」
「俺も伊達に修羅場を潜っちゃいねーんだよ…!」
するとジャスミンがソファの影から銃口を向けつつ姿を見せた。
カウンターの向こう側に隠れるアーサガの頭部を確実に狙いながら。
少しでも顔を覗かせれば一発で打ち抜くだろうことは、見えずとも肌で感じていた。
アーサガの弾切れを狙ってのタイミングなのだろう推測されたが、同時にそれは彼女の弾切れも近いことを意味していた。
「そろそろ降参したらどうだい?」
アーサガの知っていたかつての彼女であれば、此処で降伏を提示することはなかった。
加齢故の油断か、はたまた親心故の甘さか。
なんにせよ彼女が顔を覗かせているなら、アーサガにとってもそれは好機であった。
アーサガは一瞬でけりを付けるべく、近くに転がっていた酒瓶に細工を施し、彼女へと投げつけた。
「なんだいこれは…目くらましのつもりかい?」
ジャスミンは余裕といった表情で酒瓶を避け、投げられた方向とは反対側のカウンター袖へと銃口を向ける。
酒瓶は囮。それに彼女が気を取られている隙にアーサガは反対方向へと逃げると推測したのだ。
が、酒瓶が地面に叩きつけられ砕けた瞬間、その割れ目から白い煙が噴射した。
それはジャスミンの周囲を覆うほどで、思わずジャスミンも驚き両腕で顔を隠す。
と、それから間もなく、ガチャリという音が彼女のこめかみ付近から聞こえてきた。
彼女は小さく鼻で笑う。
「ふん。あたしの技まで盗んでくるとは…全く腹立たしいよ」
「おかげさまだ…!」
持っていた銃を地面へと置き、静かに両手を挙げるジャスミンへ、アーサガは銃口を押し付けたまま尋ねた。
「お前の目的は一体何だ? 何故過去にアドレーヌがいた―――歌っていた場所だけを狙う…?」