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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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35話








 がたんっ、という音が何処からともなく聞こえ、我に返るアーサガ。

 武器の銃を構え、辺りを見渡す。

 しかし人影はなく、気配もない。

 物音は気のせいだったのだろうと結論付けた。


「くそっ…」


 一瞬だけ脳裏に過ってしまった妄想に、アーサガは顔を顰めながら舌打ちを洩らす。

 本来ならば此処で待ち合わせている人物を想像するべきなのだが、アーサガは違う者の登場を思い描いてしまったのだ。

 思い出に耽ってしまったせいだと、アーサガはステージを見直した。

 埃とカビで古びたステージが、煌びやかに輝いていたあの頃の幻影と重なる。

 

(思い出なんかに浸るんじゃなかった…それで今の何かが変わるわけじゃねえんだからな…)










 アーサガが最後にアドレーヌの姿を見たのは、あの雨の日から一年後のことだった。

 新兵器の開発により優勢となっていたクレストリカ王国は、近年稀に見る好景気だった。

 更に、嬉しい報せがあるとのことで人々は活気立っていた。




 その日、国民たちは城下町にあった大きな広場へと募っていた。

 其処には民も兵士も貴族も闇も光も関係なく集まっていたことだろう。

 何せこの大戦の最中に、新国王誕生と彼の婚約を発表するため、新国王が新王妃を連れ人前にお披露目するという御触れが出回ったからだった。

 アーサガもまたその話を荒くれたちから聞き、リンダの腕を引き急ぎ広場へとやって来たところであった。

 広場は人々が犇めき合い、まるで戦争が終わったかのように笑みを見せている者さえいた。


「こんな大っぴらにやって…敵国が紛れてたら良い的じゃない!?」

「新しい国王は何のつもりだ…!」


 一方でアーサガとリンダは困惑の表情を浮かべ、新王妃の身を案じながら人混みを掻き分けた。

 出来る限り彼女の顔が見られる場所へ行くために、しかしリンダの手は放すことのないようしっかりと握ったまま。

 二人はどうにかして新国王と王妃の姿を一番良く臨める最前列へたどり着くことが出来た。

 広場の中心に立つ格式高いホテルのバルコニー。

 そこを壇上として、新国王と王妃は姿を現した。

 金の髪、碧の瞳を持ち、そして綺麗な衣装に身を包んでいる二人の美男美女。

 だがアーサガとリンダの二人だけは、王妃の懐かしい姿に胸が高鳴り、感情をこみ上げさせた。


「今此処に新国王フュルクレー・シャンド・リンクスと、我が妃アドレーヌ・エナ・リンクスが誕生した! 民よ、我が国の真なる平和は直ぐそこだ、安心して待つが良い…!」


 募った民たちへ高らかにそう告げる新国王。

 その傍らで妃となったアドレーヌは静かに寄り添っている。


「アドレーヌ…綺麗…」

「ああ…」

「それに、何か幸せそう…」

「…ああ…」

 

 アドレーヌは思っていたよりも元気そうで、時折笑みも浮かべていた。

 それにはとりあえず安堵し、喜びもあった。

 だがその反面、近寄りたくとも叶わないもどかしさにアーサガは僅かに顔をしかめた。

 どれだけ手を伸ばせばこの距離が縮むのだろうか。

 近くて、しかし遠い彼女に悔しさを滲ませるアーサガ。

 と、そんなことを考えていた矢先。アドレーヌが静かにその口を開いた。





「今日は此処にお集まり頂いた国民の皆様と、私の愛する者達―――」


 その瞬間、アーサガは遠くで語るアドレーヌと目が合ったような気がした。

 彼女はかつてのような優しい笑顔を向け此方を見てくれた。

 アーサガの鼓動は高鳴り、それまで抱いていた悔しさやもどかしさが消え去っていった。


「そして、私の中に宿る新たな命のためにも…平和を願い、この歌を捧げます」





 真っ暗で黒い空

 月は遠く手を伸ばしても届かない

 灯りは他になくて

 手繋ぐ隣の君さえ見えなくて

 彼方に鳴いた声が響くだけで

 私の心は眠れない


 長く歩いた旅の先に

 丘を越えた夜空の先に

 ようやく見えた満天の星たち

 待ち焦れた景色に手を伸ばす

 けど星は儚く零れ落ちる

 誰かの願いも叶えずに


 いつかは明ける夜を見上げて

 手繋ぐことも忘れ君と待つ

 彼方からゆっくり溢れる白い空

 願うように祈るように

 優しく子守唄を歌おう

 私はやっと眠れそう


 黒にも白にも染まる空

 そこで輝く陽も月も眩しくて

 私では触れそうにない

 私では見られそうにない

 だから私は歌いたい

「おやすみ」と願って

「おはよう」と祈りたい


 だから私は歌いそして眠る

 またやって来るあの空を待って





 歌っている最中のアドレーヌは、それこそ幸せいっぱいの顔だった。

 彼女は何一つ、例え王族になっても変わってはなかったのだ。

 あの頃のように優しく、穏やかで、歌うことが大好きなお姉さん。

 それが解ったアーサガとリンダは、ようやく彼女を許せる気持ちになっていた。

 否、元々二人は心の何処かでとっくに許していた。

 ただ、許すと決定付けられる切っ掛けが欲しかったのだ。




 楽器による演奏のない、彼女の声だけの歌。

 それでも、その広場にいた全ての者が彼女の歌を静かに聞き入っていた。


(もしかするとアドレーヌの不思議な力のせいなのか……でもそんなふうには思いたくねえ…)


 歌い終わると、最後に新国王はアドレーヌと口付けを交わし、姿を消した。

 直後、広場に居た人々は新国王と王妃を祝福しこの国の未来を託すべく、大げさと思う程の拍手と歓声を上げた。

 アーサガもささやかながら拍手を、二人へ送った。


「アドレーヌならこの国を本当の平和へ導いてくれるよね?」

「…そうだな……」





 そのときのアーサガは、心の底からそう思っていた。

 だからこそ、彼女を見送るべくぎこちなくも彼は笑って見せたのだ。

 しかし。彼らが望んだ未来と現実は―――決して重なること無く終わる。









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