110項
セイランの部屋。というのはアマゾナイト本部内にある総隊長補佐官の執務室のことだ。
”総隊長補佐官”は”各部隊隊長”、”副隊長”に比べると事務的な任務が多いものの、総隊長不在などの緊急時には代理として部下たちに命令を下せる権限を持つ。実質的アマゾナイトのナンバー2といったところだ。
ちなみに≪総隊長補佐官≫は他の支部と違い5人おり、セイランはそのうちの1人というわけだ。
「さて……此処でまずはゆっくりと寛いでから―――」
「兄さん! あたし、兄さんに聞きたいことがあるんだ」
執務室に入るなり応接用のソファに座ることもなく、すぐさま口を開くソラ。
「あのね、あのね! 単刀直入に聞くけど兄さんはロゼを知っているんでしょ!? あたしたちロゼを探しに来たの! だからもしロゼが何処に行ったのか知っていたら教えて! お願い!」
とても真剣な彼女の表情に、セイランもまた真剣な表情を返す。
が、直ぐにまたいつもの穏やかな笑みを浮かべると彼はソラへソファに座るよう促した。
「とにかく落ち着いて。まずは座ってから話そうか」
言われるまま、ソラは黙ってソファへと座る。
次いでセイランも、自身の机に回り込み椅子に腰掛けた。
「それじゃあ先ずは、さっきの質問の答えだけど―――ソラの想像通り、俺はロゼを知っているよ。俺とロゼの関係についてはロゼか、それとも父さんから聞いたのかい?」
セイランの質問にソラは俯いた後、かぶりを左右に振って答えた。
「何にも聞いてない。ロゼがシマ村にやって来た目的は、兄さんがあたしに渡した”鍵”を取り戻すためだってことは聞いたけど、父さんは当人に聞いてくれって言ってほとんど教えてくれなかったし……っていうか見たことない力? みたいなの使ってたしさ。もう何が何だかわからなくって」
その回答にセイランは静かに、深いため息を吐く。
「なるほど……そんなにも素性の知れない人物だったというのに、それでもソラはロゼを追いかけて此処まで来てくれたんだね。流石の素晴らしい洞察力と行動力だよ」
「そ、それほどでもないけどさ」
思いがけない誉め言葉に一瞬だけ心浮かれてしまうが、話がすり替えられないようにソラは必死に兄を見つめ続けた。
「それで、ロゼと出会ってどうだった? 少しばかり個性的ではあったと思うけど」
意外な質問であったが、それ以前に少しばかりという言葉がソラは引っかかり、眉を顰める。
「少し!? とっても個性的だったよ! 出会って早々『ガキ』とか『醜い』とか悪態ついてくるし、すっごい自意識過剰って感じ出しててさ。それでいて近寄りがたい雰囲気出してくるし、何よりも先ず全部が気に食わない!」
憤りに声を荒げていたソラであったが、徐々にそのテンションと表情は暗く落ちていく。
「……けどまあ、それも段々と悪くはないかなって思うようになってったっていうか。まあまあ案外優しいとこもあって、何よりも何回もあたしたちを助けてくれて……」
ソラの脳裏にふと、ロゼと別れたときの光景が過る。
「村が”灰燼の怪物”ってのに襲われて、ロゼが追い返してくれたんだけど―――そのとき、”鍵”を手にした途端。黒い髪が金髪に変わって、雰囲気もいつもと違ってて……全くの別人みたいだった」
その際に言われた、突き放すような冷たい言葉を思い返すだけで、ソラの胸に何かが深く突き刺さる。
ソラは力強く拳を握り締める。
「そのときのロゼは、怖かったかい?」
「ううん、全然怖くなかった! それよりもあたしが怖いのは……あんな別れ方されて、このまんまもう二度とロゼに会えないってこと。だから、あたしはロゼに会ってちゃんと、そうしなきゃいけない理由を教えてほしい」
ソラは自分の決意をセイランに打ち明ける。
それから真っ直ぐに、少しだけ縋るような眼差しで、兄を見つめる。
だが、その双眸にセイランは応えない。
「けれど、ロゼにはロゼの……言えないような深い事情もある。ソラを巻き込んでおいて言うのは申し訳ないけど、正直なところ、この件はソラが首を突っ込んでいい話ではないんだ」
「でもっ……!」
「怪我で済めばマシな方……それだけ危険が伴うかもしれない事情だからこそ、彼もソラと別れた。つまり、ソラが今していることは単なる迷惑———」
子供じみたわがままな行為だよ。
「わが、まま……」
兄からの予想外の反論はソラの胸を抉るようだった。
ましてやいつもと違う、真剣な表情を見せられては、尚更に精神的ダメージは大きかった。
なによりも、子供扱いされるのが嫌いなソラにとって、『子供じみたわがまま』という単語は一番キツイ一言だった。




