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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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106項





「はあ~…」


 トイレを済ませたレイラは深いため息を吐き出しながら元来た道を戻っていく。

 

(めちゃくちゃ緊張しすぎて何言ったかも覚えてない…結局マティさんはただウミ=ズオについて聞きたくて、わたしたちを呼び止めただけってこと? ちょっとウミ=ズオってぼやいただけなのに? けど、()って言ったときの…一瞬だけすっごい気が立ってたのって……)


 そんなことを考えながら通路を歩いていたレイラは、ふと中庭に不審な人影を見つけた。


「…ん?」


 これが全く身に覚えのない相手だったならば、”気のせいだ”、”見なかったことにしよう”としただろう。

 だが、一瞬目に映ったその人影は、明らかにレイラが見たことのある人物であった。


「うっそ…なんで此処に…?」


 当然、見て見ぬふりをすることも出来たのだが。

 レイラは思わず身体が動いてしまい、中庭へと走っていった。




 教団本部内の中庭は、さほど手入れがされているわけではなく。鬱蒼と生い茂る雑草や木々に覆われていた。

 身を潜めるにはうってつけの場所と言えたのだが、生憎とレイラの目にはそう映らなかった。

 深緑色の軍服が保護色のようになっているものの、しかし()()()は頭隠して尻隠さずという残念な状態で草場の影に潜んでいたからだ。


「―――ちょっと、こんなところで何してるのよ?」

「うばーっっ!!」


 突然背後から聞こえてきた声に酷く驚いた()()()は肩を大きく揺らして硬直する。

 が、すぐさま態度をガラリと変え、いつものあの偉そうな態度で眼鏡を何度も押し上げながら言った。


「……だ、誰かと思えば君ではないか。何故君がこのようなところにいるのだ…?」


 振り返った()()()は至って冷静を装ってこそいるが、とても慌てていることはレイラでも容易にわかった。

 レイラはため息交じりに返した。


「それはこっちの台詞よ、ジャスティンブルク」

「誰だその名前は…私はアマゾナイト南方支部総隊長補佐官ジャスティン・ブルックマンだ」


 威厳たっぷりといった面もちでそう答える()()()——もといジャスティン。

 だが彼に纏わりつく雑草たちが、なんとも言えない虚しさを醸し出している。

 そんなジャスティンへ、レイラは肩を竦めながら言った。


「もしかして……趣味でこんなとこに」

「そんなわけあるか。私はとある重要な任務を受けてだな……」

「アマゾナイトの任務で? 南方支部のお偉いさんが、良いようにコキ使われちゃってんのね…まあ、命じるアマゾナイトもこんな人使うとか……めちゃくちゃどうかしてると思うけど」


 彼女の皮肉めいた言葉が癇に障ったのか、ジャスティンは声を荒げて言った。


「アマゾナイトを愚弄するのは勝手だが、私の悪口は許さん!」

「普通そこは逆じゃないの?」


 しかもその怒鳴り声は庭中に轟く。

 レイラは深いため息と共に頭を抱えた。


「てか…アンタってここに忍び込んでいるんでしょ? なのにそんな大きい声出しちゃだめじゃないのよ」

「ぬっ…」


 指摘されたジャスティンは急ぎ自分の口を両手で塞ぎながら、周囲を確認する。

 誰かに気付かれても可笑しくない程の声量であったのだが、幸か不幸か誰かが駆けつけてくることはなかった。



「しかし……なぜ君がここにいるのか。改めて事情を聞いても良いか?」


 話す義理などないのだが。それでも此処で会ったのも何かの縁ということで、レイラはジャスティンに事の経緯を説明した。


「―――まあそんなわけで、わたしたちは何でかここにいるんだけど……ジャスティンはどうしてこんなところでかくれんぼしてるのよ」

「かくれんぼとは…もう少しまともな比喩は出来ないのかっ」

「だって似たようなものでしょ」


 レイラに断言され、何も反論できなくなってしまうジャスティン。

 彼は急ぎ話題を逸らすべく、咳払いを一つ零してから言った。


「しかし……かの聖女が冒険家のウミ=ズオと友人だとは信じられん……本当にそう言っていたのか?」

「ここで嘘ついてどうすんのよ。でもマティさんってなんだかちょっと怪しいのよね。聖女様って感じはあるけど……たまにそうじゃない瞬間があって。だから、本当のこと喋ってるのかどうかも怪しくって」


 マティの絵画に相応しいほど神聖な姿は、まさに聖女そのものだ。

 その上、差別なく親身に接してくれる言動は純粋(ソラのよう)な人間ならば直ぐに心を射抜かれ、打ち解けてしまう。

 だがその反面。一瞬だけ彼女が見せた、張り付けられた―――仮面の笑顔のようなあの表情が、レイラは忘れられないでいた。


「…つまり、君のような捻くれた性格から見ると…ウミ=ズオに対する彼女の言動は少々信用ならん、と…」

「誰が捻くれた性格よ! まあ…怪しいって言っても、ただの女の勘ってやつなんだけど…」

「なるほどな。しかし…()と言うのは時に理屈を超えて真実を見破ることもあるからな…」


 二の腕を組みながら、思案顔を浮かべるジャスティン。

 そんな彼へ、レイラは改めて詰め寄る。


「じゃあわたしの経緯は話したわけだし…今度はアンタの経緯もちゃんと話しなさいよ」


 ひそひそと耳打ちしつつ、眼光鋭く睨むレイラ。

 しゃがみながらずんずんと詰めていく彼女に、ジャスティンは思わず目を泳がせる。

 と、そのときだった。


「待て―――」

「―――っ!!?」


 突如、レイラはその口を塞がれ、思いっきり押し倒された。

 次いでジャスティンも彼女に覆い被さるように身を低くして潜む。

 思わず抵抗に声も上げそうになったレイラだったが、間もなくしてどこからか聞こえてきた声に彼女は慌てて閉口した。




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