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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
355/360

105項

     



(え、もしかしてもしかすると”ウミ=ズオ”違い…ってこと? ……もうっ、ロゼがややこしいペンネーム付けるから…!!)


 そんなことを思いつつ、レイラは差し出された紅茶を一口飲む。

 芳醇な甘い香りがレイラの口から、温かな吐息となって広がっていく。


「久しく連絡も取れておらず…身を案じていたところですが、先ほど貴方がその名前を出していたのを耳にしまして。懐かしさのあまりついつい声を掛けてしまったのです」

「あ、あの…ちなみに、そのウミ=ズオって、女性…でしたかね?」


 我ながら可笑しな質問をしたとレイラは内心頭を抱える。

 しかし、この返答次第でマティが()()ウミ=ズオのことを言っているのか、知ることが出来る。

 静かに息を飲むレイラへ、マティは微笑みを貼り付かせながら言った。


「ああ、もしかして……()の方を言っているのですか?」


 その瞬間、レイラにゾクっと、悪寒のようなものが走る。

 一瞬だけ彼女の笑みに、冷たいものを感じた。

 

「そうですね…()のこともよく存じていますよ。それはもう()が小さい頃から――それで今はどちらに?」

「あ、いや…実はわたしたちもその行方を追っていて。じゃあ、マティさんも()()()のウミ=ズオが今何処に行ったのかも…?」

「残念ですが、わかりません。お役に立てず申し訳ございません」


 そうして頭を下げる所作は、まるで絵画のような美しさ。

 優しいこの笑顔に癒された人々が、彼女のことを”聖女”と呼ぶのだろう。レイラはそう思った。

 しかし、レイラはそんな人々とは真逆に、”聖女”の微笑みに酷い焦りを感じ始めていた。


(――この人さっきから、()()の名前を出してこないのよね……)


 まるで誘導されているような問答に、そんな疑心を抱くレイラ。

 彼女の心情に気付いたのか、マティはふと苦笑した。

 

「もしかして…私が本当に()のことを知っているのかと、疑っていますか?」

「え…?」

「顔を見ればわかります。とてもわかりやすい表情をされていますよ」


 マティの言葉にレイラは顔を紅くして、両手で顔を隠した。


「ごご、ごめんなさいっ! 疑っているっていうわけじゃなくて…その……」

「貴方が疑うのも当然です。私のような存在が突如話しかけてきたのですから……ですが、彼女と()の身を案じているのは本当です」


 彼女はまるでレイラに諭すかのように語り掛ける。


「ただ……花色の教団(ここ)の教えに背く彼女たちの名をうかつに出すことは出来ず、やきもきしていたままでした。そんなところへウミ=ズオ(彼女)の名を出した貴方を見て、つい彼女たちについて何か知っているのではと…お伺いしてしまったのです。怖がらせてしまい、本当に申し訳ございません」


 そう言ってマティは深々と頭を下げる。

 恐れ多い彼女の姿にレイラは大慌てで席から立ち上がり、頭を下げ返した。


「ああ、いいえ! わ、わたしの方こそ、なんか色々ごめんなさい…!」


 ソラがやりそうな大失態とその羞恥心によって、レイラの顔はより一層と真っ赤になる。

 混乱(パニック)状態を落ち着かせるべく、彼女はドアの方を指差した。


「トイレ! トイレに行きたくなっちゃったんで! 借りてもいいですか!?」


 適当な言い訳を叫んだ。

 マティはクスクスと笑みを浮かべて頷いた。


「ええ…この廊下を出て突き当りを右手に曲がった先にありますよ」

「ありがとうございます!」


 そう言ってもう一度頭を下げたレイラは、まるで逃げるかのように部屋を飛び出て行った。




 レイラが姿を消したことにより、室内に取り残されてしまったキース。

 彼は気まずそうに、マティへ何度も頭を下げる。

 するとマティは、キースへ優しそうな微笑みを浮かべて言った。


「ところで……貴方はとても優しい瞳をしている反面、とても深い悲しみも秘めているようですね。何か、過去に辛い出来事があった、とかでしょうか…?」


 意外な言葉にキースは目を丸くする。

 しかし、キースは答えず。咄嗟に俯いてしまった。


「もしかして…喋るのも辛い出来事だったのでしょうか? だとしたらそれは…不謹慎な質問をしてしまいましたね。申し訳ありません…」


 苦笑するマティは真っ直ぐにキースの顔を見つめ続ける。

 と、目が合ったキースは慌てて、顔を背けた。

 気まずさからカップを手に取り、紅茶をちびちびと啜る。

 そんな彼の頬に、マティは静かに触れた。

 突然のことにキースは身体を強張らせる。

 

「……怖がらないで? 私はただ、貴方の苦しみを少しでも楽にしてあげたいだけなの…」


 まるで母親のように語りかけ、微笑みかけるマティ。


「貴方を見ていればわかるわ。過去と――姉に対して、訴えたくても訴えられない悩みに苦しんでいるのね。私は誰にも言いませんよ。だから、もしよければ恐れないで話してみて…?」


 穏やかな彼女の双眸も相まって、徐々にキースの緊張は解れていく。


「喋るのが辛いようなら…これを使っても良いのよ?」


 ソファから立ち上がったマティは、机にあったペンと用紙をテーブルの上に置いた。


「勿論、無理に喋ってくれとは言わないわ。先ずは貴方が話しやすい範囲の話題で構わないのよ?」


 穏やかで優しそうな――聖女らしい笑みを浮かべるマティ。

 吸い込まれるような彼女の双眸に、キースは彼女の冷たい指先の感触も忘れて。

 おもむろにペンを手に取り、文字を書き始める。

 彼はその紙に、大きなバツ印を描いていた。

     



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