表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
353/360

103項

    

 ロゼの行方を追うため、レイラとキースが訪れたのは、花色の教団本部がある広場だった。

 ”花色の君”とも”聖人”とも呼ばれた創始者の教えを信仰し、伝説のアドレーヌ女王を『大地を救った女神』として崇める――国教でもある花色の教団は、王国各地に支部や教会を持つ巨大組織で。

 その総本部があるこの場所は、巡礼者にとって聖地であり、常に多くの信仰者で賑わっていた。


「商店街や大通りの方はカムフが回ってるし……わたしたちが聞き込みするならこの辺が妥当ね」


 レイラの言葉に、キースは小さく頷いた。

 周囲を見渡せば、観光客や巡礼者らしき人々がひっきりなしに行き交っている。


「じゃあ、さっそく行くわよ!」


 レイラは勢いよく声を上げ、そのまま近くの人々に次々と声をかけ始めた。キースは後ろをそっとついていく。

 だが――。


「あの、黒髪の長髪を一つに束ねてて、全身真っ黒で化粧をした男性って見かけませんでした?」

「それ、前に流行ったスオウコーデの人? だったら、あっちにいたよ」


 案内された先にいたのは、もちろんロゼではない。

 スオウコーデを身にまとう、まったくの別人だった。


「しかも()()じゃない! ()()って聞いてるのに…」


 レイラは小さく苛立ちを吐き出した。

 スオウコーデが最も流行したのは四年以上も前のこと。しかし、未だ根強い人気があり、着こなす者は町のあちこちで見かける。


「盲点だったわ……でもロゼの名前を出すのも怖いし……」


 二人は近くの噴水に腰掛け、休憩を取った。

 この噴水には『花びらを浮かべ、沈まずに流れれば運命の出会いが訪れる』という言い伝えがあるが、今の二人に観光を楽しむ余裕はない。

 レイラは頬杖をつき、深いため息をついた。


「それとも、ウミ=ズオの名前で聞いたほうがいいのかな? あ、でもあの人の名前もあんまり出せないんだったっけ……」


 時間ばかりが過ぎていく。

 そのとき――。


「……今、ウミ=ズオ、と言いましたか?」


 不意に声を掛けられ、レイラとキースは思わず身を固くした。


「ああ、すみません。怪しい者ではありませんよ」


 声の主は、亜麻色のコートにフードを目深にかぶり、顔を隠した人物だった。声の調子からして女性のようだ。


「えっ……誰? 確かにウミ=ズオって言ったけど、それが何か?」


 レイラは警戒心を露わにし、自然とキースを庇うように前に出た。


「すみません、本来ならまず私が名乗るべきですね」


 女性はそう言い、ゆっくりとフードを下ろした。

 茶色のウェーブがかった髪をかき上げる、気品ある妙齢の女性。彼女は名を告げる。


「私はマティ・フォー・チェーンと申します……」

「えっ……!?」


 その名前を聞いた瞬間、レイラは目を見開き、震える指先を女性に向けた。


「マティ・フォー・チェーン様!? 花色の教団のトップが、なんでここに!?」


 驚愕する二人を前に、マティは穏やかに微笑んだ。




 マティ・フォー・チェーン――

 彼女は現”花色の教団の最高指導者”。

 その聡明で穏和な人柄から、『聖女』と讃えられ、人々に崇められる存在だ。

 早速、レイラを聞きつけた信者たちが、彼女のもとへ駆け寄ってくる。


「マティ様だ!」

「マティ様……! どうかこの悩みをお聞きください!」

「マティ様、マティ様! お恵みのおかげで母が元気になれました!」


 老若男女問わず両手を合わせ、祈りを捧げる。

 レイラとキースも彼らと同じように、慌てて祈りを捧げた。


「……ここでは落ち着きませんね。本部の方へお越しください。お二人を通すように伝えておきます」


 微笑みを浮かべたまま、マティは一人ひとりの声に耳を傾ける。

 母のように優しく、絵画のように神々しいその姿に、誰もが心を奪われていた。


「えっ……ちょっと、そんなこと言われても……どうすればいいのよ?」


 すっかり蚊帳の外になったレイラとキースは、呆然と立ち尽くすしかなかった。



    


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ