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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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102項

    



 頼んだパスタはすっかりと冷めきってしまっていた。

 だがそんなことなど気にせず、カムフは頭を抱え、あれこれ考え続けていた。

 一方でラ=リエルは、何処かすっきりした顔で冷めきった紅茶を飲み干す。


「――それでは私は用があるので、そろそろ失礼しますね。実に有意義な時間をありがとうございました」


 そう言ってラ=リエルは丁寧に腰を折る。

 そのまま立ち去ろうとする彼女を、カムフは慌てて引き留めた。


「あ、あの!」

「おや、何かありましたか?」

「あ、いえ……用事があったのにおれの雑談に付きあわせてしまって、申し訳なかったなと思いまして」


 自分事のせいで彼女の時間を潰してしまったと謝罪するカムフ。

 するとラ=リエルは、カムフの肩をがっしりと掴んで、かぶりを振った。


「いえいえとんでもありません! 実のところ、何か良い記事(ネタ)が無いかと探していたところなんですよ。|王都の門の封鎖や灰燼の怪物の《もちきりの》話題でも良かったのですが……貴方とのお話しをしていたらウミ=ズオさんの記事を書いてみたくなりまして!」


 そう言うとラ=リエルはカムフの肩から手を放し、ふんわりとした笑みを浮かべる。


「こちらこそお礼を言いたいくらいです。ありがとうございました~」


 その笑顔につられてしまいカムフもまた笑みを作る。


「…それなら良いんですけど…えっと、じゃあ最後に一つだけ聞いてもいいですか?」

「なんなりと」


 カムフは周囲を気に掛けながら、ラ=リエルへと耳打ちした。


「あの…可笑しな質問なんですが、この辺で変わった風貌の男性の噂って聞いたことありますか?」

「それって、例の灰燼の怪物のことでしょうか?」


 空気を読んで彼女もまた耳打ちして返してくれる。

 ラ=リエルは質問の意図が解らず、困惑した顔を浮かべていた。

 

「いや、違うんです。個人的に探している人で……その、全身真っ黒な衣装で、たぶん黒色の髪で。男性だけど化粧をしていて……」


 と、探し人(ロゼ)の大まかな外見の説明をしてみたが、これが正しいという確証もない。

 ソラの話では、別れ際のロゼは黒髪ではなく金髪に変貌しており、雨のせいで化粧も落ち、別人のようだったと聞いていたからだ。

 それでも、記者ならば何か知っていないかと、藁に縋る思いで尋ねたわけなのだが。

 

「探し人ですか…残念ながら、そのような格好の男性は王都では珍しい方ではないので。もう少しばかり特徴を言って頂けるとありがたいのですが…」


 そう言って返されてしまっただけだった。


「そうですか…すみません、ではもう大丈夫です」

「それがきっと貴方の悩みの種だったのですね…それなのに、お役に立てず申し訳ありません」

「いやいやお構いなく! ウミ=ズオの話が出来ただけで、おれも充分気分転換できたんで!」


 かぶりや両手を振りながらそう答えるカムフに、穏やかに微笑むラ=リエル。

 すると彼女はカムフの眼前に立ち、その手を差し出した。


「お別れの…ではなく、また出会うためのおまじない。です」

「…それってウミ=ズオが本によく書いていたくだりですよね。おれもこの別れ方、好きですよ」


 そう言うとカムフは自分の手を出し、ラ=リエルと固く握手を交わした。

 そして手が離れると同時に、彼女はゆっくりとその場を離れていく。


「それではカムフさん。またいつか会いましょうね」


 彼女は姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続け消えて行った。


「良い人だったなラ=リエルさん―――あれ、でもおれ名前名乗ったっけ?」


 ふとした違和感に、再度思案顔を浮かべるカムフ。

 だが、そのうちに腹の虫が鳴ってしまったため、彼は考えを止めて冷めたパスタをかき込んだ。

   



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