101項
第七巻の内容を思い返し、カムフは眉を顰めながら答えた。
「おれもよく覚えてます。人を不快にさせることはまず書かないウミ=ズオにしては苛烈な文章だったんで…異様な巻だなって思ってました」
「そうなんですよね…しかも今でこそ賢王とまで称えられているマスナート国王へ臆することなく名指ししていたのがまた何とも…驚愕でしたよね」
マスナート国王は自身の風評を払拭すべく、身を粉にして様々な功績を上げ続けた。その結果、人々は彼を讃えるようになり自然と『賢王』と呼ばれるまでになったのだ。
ちなみにカーティ前国王は対照的に『愚王』と蔑まれている。
そのため尚更、ウミ=ズオがカーティ前国王を擁護する理由に読者は困惑した。
「ウミ=ズオさんはそんな過激な書籍を世に出したばかりに、マスナート国王か彼を信奉する者たちに目を付けられ暫く捕えられていたか…もしくは時が来るまで身を潜めていたのではないか。と言われています」
ラ=リエルの話を聞きながらカムフは無意識に顎下に指先を添え、思案顔を浮かべる。
ウミ=ズオの語った内容が真実か虚言かは定かではない。
だが、そのときを境に彼女が執筆を休止していたのは事実だ。
そして、ロゼの話ではそれと同時期にウミ=ズオが亡くなったと、聞いている。
するとカムフはあることを思い出し、ラ=リエルへと尋ねた。
「そういえば…ウミ=ズオはカーティ前国王様の嫡子、レイヤード様の生存説について書いてましたね」
「はい、そうでしたね。カーティ前国王と同じく病死だと公表されてますが…何せレイヤード王子も謎多き王子だったので。当時は様々な憶測が飛び交っていたようですね」
そう言いながらラ=リエルはまた手帳をぺらぺらと捲り、その当時流れていた噂について語り出した。
実は病死ではなくカーティ前国王と同じく暗殺された説。
実は何らかの形で城から逃げ出していた説。
そもそもレイヤード王子自体存在していなかった説。
そのどれもが確証のあるものではない。と、ラ=リエルは付け足す。
「ですが、ウミ=ズオさんは『レイヤード王子生存説』を頑なに信じていたようでしたね…第七巻には彼の行方を案ずる文もありましたし」
ラ=リエルはぽつりとそう呟き、静かに眼鏡を押し上げる。
カムフも彼女と同じように顔を俯き、思い耽る。
ウミ=ズオは第七巻の文末でこんな想いを綴っていた。
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―――私がもし、カーティ前国王と同じ立場ならば、間違いなく自分の身よりも我が子を想い、城外へ逃がす。
つまんない座のために大切な人の命が奪われるなんて、あってたまるか。
城や国の外の方が何倍も危険だろうが、それでも『自由』に勝る幸福もないのだ。
(省略)
しかし、仮にレイヤード王子が存命であるならば、今最も狼狽えているのはマスナート国王だろう。
彼は未だ、当時の真実を全て語らずに過ごしている。
賢王とまで称えられている者がなんという小心者か。聞いて呆れる。
マスナート国王はカーティ前国王の死の真相、レイヤード王子についての真実。
それらを人々に語る義務がある。
語る手段がないと言うのならば、私が手助けをしてやりたいくらいだ。
最後に、この大地の何処かで隠れ生きているレイヤード王子よ。
時は満ちた。
今こそ貴方に相応しい幸福を選ぶときだ。
『自由』と共に生きる幸福か。
『秩序』を人々に与える幸福か。
どちらの選択も貴方次第だろうが、出来得るなら私は”賢王”ではなく、貴方の統べる王国を見てみたいものだ―――
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(……まるで、レイヤード王子個人に当てたメッセージのようだったよな。もしも王子が生きているとしたら、大体二十代くらいだろうけど……)
今まで深く気に留めていなかった彼女からのメッセージの謎。
その真相が、今になってようやく解明出来るかもしれない。
カムフはそんな予感に胸の昂りを感じてならなかった。




