表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
350/360

100項




「ご存じもご存じ、大尊敬していますよ。この国では禁忌とされる題材を恐れずに取り上げ、しかも自費出版だなんて……そう簡単にできることじゃありません。彼女の行為は、ある意味では極刑(国外追放)級の重罪だとも囁かれていますし」


 ラ=リエルの話を聞いたカムフは、おもむろに俯いた。


「そ、そうなんですか……?」


 不意にロゼの姿が脳裏をよぎる。


(平然と暮らしてたから気にしてなかったけど……確かにウミ=ズオも、ロゼも、罪人として追われていてもおかしくはないよな……)


 カムフは思案顔のまま、そんなことを考えていた。


「あの……ちなみに、ウミ=ズオって罪人として指名手配されてたりは……?」

「それが不思議なことに、これまで一度も罪に問われたことがないんですよね。三年前を最後に出版が途絶えた時期には色んな憶測が飛び交っていましたが、最近また活動を再開していて」


 ()()()

 以前ロゼから聞いた話によれば、その頃に先代のウミ=ズオが亡くなったのだという。そこから彼女の名を引き継いだと聞いていたが、どうして亡くなったのかという経緯までは語られなかった。


「だから、もしかすると……国王にも負けないほどの権力者が、ウミ=ズオさんの背後にいるのでは? なんて噂もあるんですよ。その証拠に、彼女はあの英雄ダスク・ルーノさんとご友人関係にあったとも……」


 思いもよらない言葉に、カムフは目を丸くする。

 料理が運ばれてきていたことも忘れ、食べかけのまま、ラ=リエルに尋ねた。


「そ、それって本当なんですか?」

「ふふ……公表はされていませんが、確かな情報筋からの話なので、信頼できると思いますよ」


 ラ=リエルは不敵に微笑み、懐から手帳を取り出してページをめくりはじめた。


「ウミ=ズオさんは、もともと王城内に設立された王立エナ研究院の研究生だったんです。そのときの同輩が、『英雄』さんの後の奥方だったらしくて……そういった経緯で知り合ったのでは、と言われてます」

「し、知らなかった……」

「知らないのも無理ありません。極秘中の極秘情報ですから」


 ラ=リエルはどこか得意げに語っていたが、一方でカムフは『かの英雄(知り合い)』の知らなかった事実に内心小さなショックを受けていた。

 だが、その悔しさを押し隠すように、彼は質問を重ねる。


「ところで……ウミ=ズオが三年前に出版をやめた理由って、何かご存じですか?」


 もちろん、ファンとしても気になる話題だった。

 だがそれ以上に、ロゼを知るためにはウミ=ズオを深く知る必要がある―――カムフは直感的にそう感じていた。

 ロゼの行方を追えない今、偶然出会ったこの情報通(ラ=リエル)からウミ=ズオについての情報を引き出すしかない。そう考えていたのだ。


(……これは決して、こんなに詳しい人と出会えたからもっとウミ=ズオの話を聞きたい。なんて願望じゃないんだ……たぶん)


 カムフはそう自分に言い聞かせながら、ラ=リエルの返答に耳を傾けた。


「そうですね……ファンの間では、第七巻の出版が原因だったのでは、という声が根強いですね」

「それって、三年前に出た、あの……」

「本当によくご存じで。ウミ=ズオさんは十年ほど前から、年に一冊のペースで『冒険譚』シリーズを出版してきました。ただ、第七巻はこれまでとまったく毛色が違いましたね」


 カムフは目を伏せ、記憶を手繰る。




 第七巻が異質だった――それはカムフの記憶にもはっきりと残っていた。

 それまでの巻では、未踏の地での発見、極刑(国外追放)となった者たちの行方、国外に生きる少数民族の文化など、彼女自身が体験したであろう記録が主だった。ときには王国の裏に潜む闇の組織や不正の話題も取り上げられたことがあった。

 だが―――第七巻に限っては、そのほとんどが、現国王マスナート・クー・リンクスへの遠回しな―――いや、もはや露骨な批判で構成されていた。


「マスナート国王……カーティ前国王の甥にあたる方で、彼の父を含めた他の王位継承者たちが相次いで病死、あるいは急死されたことで、成り上がりとしてわずか十九歳で王位を継承した若き国王……と、まあそういう意味ありげな経緯もあって当時は色んな噂が飛び交っていたようですね」


 第七巻では、そうしたマスナート国王にまつわる黒い噂や憶測をあえてまとめ上げたような構成となっていた。

 中には、「カーティ前国王とその王子の病死は虚偽であり、実際はマスナート国王による暗殺だったのではないか」―――そんな過激ともいえる一節まで、記されていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ