100項
「ご存じもご存じ、大尊敬していますよ。この国では禁忌とされる題材を恐れずに取り上げ、しかも自費出版だなんて……そう簡単にできることじゃありません。彼女の行為は、ある意味では極刑級の重罪だとも囁かれていますし」
ラ=リエルの話を聞いたカムフは、おもむろに俯いた。
「そ、そうなんですか……?」
不意にロゼの姿が脳裏をよぎる。
(平然と暮らしてたから気にしてなかったけど……確かにウミ=ズオも、ロゼも、罪人として追われていてもおかしくはないよな……)
カムフは思案顔のまま、そんなことを考えていた。
「あの……ちなみに、ウミ=ズオって罪人として指名手配されてたりは……?」
「それが不思議なことに、これまで一度も罪に問われたことがないんですよね。三年前を最後に出版が途絶えた時期には色んな憶測が飛び交っていましたが、最近また活動を再開していて」
三年前。
以前ロゼから聞いた話によれば、その頃に先代のウミ=ズオが亡くなったのだという。そこから彼女の名を引き継いだと聞いていたが、どうして亡くなったのかという経緯までは語られなかった。
「だから、もしかすると……国王にも負けないほどの権力者が、ウミ=ズオさんの背後にいるのでは? なんて噂もあるんですよ。その証拠に、彼女はあの英雄ダスク・ルーノさんとご友人関係にあったとも……」
思いもよらない言葉に、カムフは目を丸くする。
料理が運ばれてきていたことも忘れ、食べかけのまま、ラ=リエルに尋ねた。
「そ、それって本当なんですか?」
「ふふ……公表はされていませんが、確かな情報筋からの話なので、信頼できると思いますよ」
ラ=リエルは不敵に微笑み、懐から手帳を取り出してページをめくりはじめた。
「ウミ=ズオさんは、もともと王城内に設立された王立エナ研究院の研究生だったんです。そのときの同輩が、『英雄』さんの後の奥方だったらしくて……そういった経緯で知り合ったのでは、と言われてます」
「し、知らなかった……」
「知らないのも無理ありません。極秘中の極秘情報ですから」
ラ=リエルはどこか得意げに語っていたが、一方でカムフは『かの英雄』の知らなかった事実に内心小さなショックを受けていた。
だが、その悔しさを押し隠すように、彼は質問を重ねる。
「ところで……ウミ=ズオが三年前に出版をやめた理由って、何かご存じですか?」
もちろん、ファンとしても気になる話題だった。
だがそれ以上に、ロゼを知るためにはウミ=ズオを深く知る必要がある―――カムフは直感的にそう感じていた。
ロゼの行方を追えない今、偶然出会ったこの情報通からウミ=ズオについての情報を引き出すしかない。そう考えていたのだ。
(……これは決して、こんなに詳しい人と出会えたからもっとウミ=ズオの話を聞きたい。なんて願望じゃないんだ……たぶん)
カムフはそう自分に言い聞かせながら、ラ=リエルの返答に耳を傾けた。
「そうですね……ファンの間では、第七巻の出版が原因だったのでは、という声が根強いですね」
「それって、三年前に出た、あの……」
「本当によくご存じで。ウミ=ズオさんは十年ほど前から、年に一冊のペースで『冒険譚』シリーズを出版してきました。ただ、第七巻はこれまでとまったく毛色が違いましたね」
カムフは目を伏せ、記憶を手繰る。
第七巻が異質だった――それはカムフの記憶にもはっきりと残っていた。
それまでの巻では、未踏の地での発見、極刑となった者たちの行方、国外に生きる少数民族の文化など、彼女自身が体験したであろう記録が主だった。ときには王国の裏に潜む闇の組織や不正の話題も取り上げられたことがあった。
だが―――第七巻に限っては、そのほとんどが、現国王マスナート・クー・リンクスへの遠回しな―――いや、もはや露骨な批判で構成されていた。
「マスナート国王……カーティ前国王の甥にあたる方で、彼の父を含めた他の王位継承者たちが相次いで病死、あるいは急死されたことで、成り上がりとしてわずか十九歳で王位を継承した若き国王……と、まあそういう意味ありげな経緯もあって当時は色んな噂が飛び交っていたようですね」
第七巻では、そうしたマスナート国王にまつわる黒い噂や憶測をあえてまとめ上げたような構成となっていた。
中には、「カーティ前国王とその王子の病死は虚偽であり、実際はマスナート国王による暗殺だったのではないか」―――そんな過激ともいえる一節まで、記されていた。




