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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
35/360

33話









「大変、アドレーヌが…!」


 そう聞いたのはあの約束の日から三年ほど経った朝だった。

 体の芯まで冷えそうなくらい寒く、そして暗い雲が立ち込めていた日だったことを彼は今でも覚えている。

 このとき、アーサガ8歳、リンダは14歳になった。

 シェラでマスターと共にグラス磨きをしていたアーサガは、リンダのその叫び声にひどく動揺した。

 動揺していないように見ようと思っていても、指先から震え始めていた。

 冷静なふりを見せて、アーサガは尋ねた。


「どうしたんだ…?」

「アドレーヌがいないの! 今日は一緒に闇市に行くって言ってたのに…しかもフルトも一緒に」


 アーサガは更に、全身から血の気が引いていくのを感じた。

 そして、居ても立ってもいられなくなった。

 今手にしているグラスを投げ捨てて、探しに飛んで行きたいほどだった。

 だが、いつも冷静に見せようとする自分のプライドがそうさせてはくれない。

 ましてや、人前ではアドレーヌに素っ気無い態度を見せていたこともあり、中々行動に出ることも出来なかった。

 そんな複雑な思いを募らせている中、都合よくジャスミンが姿を見せた。

 彼女は慌てふためく娘を見つけ、急いで追いかけてきたといった風だった。


「何してんだい、そんなに混乱して…家に弾丸でも乱れ撃たれたのかい?」

「違うのよ! アドレーヌが…!」


 アドレーヌ。

 その言葉を聞くや否や、ジャスミンは眉を顰めた。

 娘から事情を聞かずとも知っているという風で、腕を組んだままどこか遠くを見つめている。

 小さく囁くジャスミンの声が耳に届く事はなかったが、彼女の唇は「あのバカ…」と、動いていた。


「ママ…なんか知ってるの!?」

「ああ、おそらく城に行ったんだよ」

「城!?」


 「捕まったの!?」心配そうにリンダが尋ねる。

 ジャスミンはひどく落ち着いた風でかぶりを振って答えた。


「駆け落ちってもんになるのかね…」

「え…それって」

「どういうことだ?」


 ジャスミンはカウンターに寄りかかると煙草を取り出し咥えた。

 火をつけようとすると、マスターが既にマッチを擦っており、彼女は彼の方へ煙草を持っていく。

 火の灯った煙草は静かに煙を上げていき、彼女は再び口へ触れさせた。

 一息吸った後、勢いよく口から吐かれた煙と共に、言葉も出される。


「この国の王様がこの場所に忍び込んでたみたいでねぇ。でもってアドレーヌに一目惚れしてプロポーズもしたんだとさ。あたしは反対したんだけどアドレーヌは何も言わず弟まで連れて飛び出してったんだ…駆け落ちと言っても良いだろ?」


 彼女はもう一度煙を吐くと、煙草を手にしたまま静かに歩き出しへ元居た部屋へ戻ろうとする。

 と、その前に娘の頭を軽く撫で、そして――。


「言っとくが、連れ戻そうなんて考えはしない方が良い。なんせ向こうは光の場所。あたしたち闇の住人が踏み入れて良いところじゃないんだからね…」


 そう言ってジャスミンは去って行った。

 最後に見せた彼女の背中は、少しもの悲しそうにアーサガは見えた。

 それは、この闇の世界に淡い光をもたらした天使が消えたことを嘆いてなのか。

 はたまた、アドレーヌを娘として想っていた気持ちを裏切られたことによる悲愴か。

 だが、そんなことにアーサガが気づくわけもなかった。

 彼はショックによる動揺で頭の中が真っ白となり、遂に手にしていたグラスを落としてしまったほどであった。

 丁度、ジャスミンが消えた後だったため彼女の鉄拳を喰らわずに済んだのだが。


「嘘だろ…なんで…」

「アーサガ…?」


 同じくショックを受けていたリンダであったが、彼女以上に動揺を見せているアーサガに気付き、顔を覗き込む。

 心配する彼女を後目に、彼は抑えきれなくなった感情を爆発させ、近くにもう一つあったグラスをステージへ投げつけた。


「キャアッ!」

「何をすんだアーサガ!」


 リンダの悲鳴にマスターの怒声。

 しかし、それさえも今のアーサガの耳には届かず。

 彼は顔を顰め、ステージを見つめる。

 大きな音と共に砕け散ったグラスはステージのスポットライトを反射させ、散り散りに輝きを放っていた。

 だが、それでもそのステージは寂しく映って仕方がなかった。


「アーサガ…」


 リンダはアーサガの名を呼んだ。

 が、彼女の声は一向に届かない。

 アーサガは後片付けもせず、シェラを飛び出していった。









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