96項
闇の組織『丼鼠の刃』のマスター、ヴァラ・メンブルムが国王騎士隊に捕まった。
その新聞の見出し記事を読んだジャスティンは目を丸くして叫んだ。
「ヴァラ・メンブルムだと…この男、商人界隈では重鎮中の重鎮ではないか! 国王の忠臣とも呼ばれていたような有名人が何故、一度は崩壊した組織のマスターなどを……しかもアマゾナイトではなく国王騎士隊に―――」
そう口にしたところでジャスティンはある考察に辿り着き、思わずその先の言葉を噤む。
ちなみに国王騎士隊とは国王直属の精鋭部隊であり、アマゾナイトとは全く別の機関だ。国王直属だけに国王騎士隊の方が権限を持っていると言っても良い。
と、思案顔で口を閉ざしたジャスティンに代わって、セイランが語った。
「とにかく。この一大ニュースによって俺のここ一月半の努力が水泡に帰したわけなんだけど…それ以上に厄介なのはこの一件によって、灰燼の怪物の今後の動きが全く読めなくなってしまった…ということだね」
二度目の摘発により今度こそ『丼鼠の刃』は崩壊する。
そうなれば、組織の一員であったという灰燼の怪物は良くも悪くも自由の身となってしまった。
彼は組織壊滅の腹いせに王国へ復讐するのか。はたまた、そのまま着の身着のまま行方を晦ますのか。その動向は流石のセイランも読めないといった様子で、彼は苦笑しながら肩を竦めた。
「では国王の奴が王都を閉鎖したのは、灰燼の怪物の報復を警戒して…ということか」
「表向きは、ね……実際のところはどうかな。今回の騒動で様々なデマも噂も飛び交っているからね。例えば『丼鼠の刃』は王国の最新エナ技術を盗んで灰燼の怪物に使わせていた、とか…彼以外のメンバーも報復のため王城を襲撃しようと画策している、とかね」
セイランの台詞を聞き、ロゼは人知れず苦い顔をして呟いた。
「それは…イヤなデマね」
「良くも悪くも、嘘も真実も横行しているこの事態を見て王国側は王都閉鎖をしているんだろうね」
ことん、とセイランは空になったティーカップをテーブルに置く。
それからセイランはその視線をおもむろにロゼへと向けた。それに気付いたロゼは、静かに視線を逸らした。
「それで…もう1つの聞きたいこととは?」
「ロゼのことだ」
逸らした視線の先でジャスティンと目が合い、思わぬ名指しにロゼは瞳を大きくさせる。
「あら…やっぱり気になってしまうのかしら。これだから美しいものは罪よね……」
酔いしれるような手振りで語るロゼ。
が、以前とは違い動揺する様子もなくジャスティンはロゼに向かって言った。
「……シマ村の少女たちが貴殿を追ってこの王都まで来ているぞ」
直後、ロゼは僅かに顔を顰める。
一方で、妹が来ているというのに驚くどころか、待っていたとばかりに冷静に笑みを浮かべるセイラン。そんな彼を、ジャスティンは目の端で捉える。
「……やはり…これもまた貴殿の目論見通りということか。まあ目論見については追々聞くとして…私が聞きたい2つ目というのは、ずばりロゼが一体何者か。ということだ」
ジャスティンは眼鏡を押し上げた後、その指先でロゼを指す。
食指を向けられたロゼは不快とばかりに顔を顰めながらジャスティンの指先を退かした。
「聞けばシマの村でグリートを退いたのはロゼのお蔭だというが、アマゾナイトですら手を焼く極悪人を一介の旅人がそう簡単に退けるものなのか? それどころか彼は灰燼の怪物の名を聞いても怯えるどころか勇往邁進といった様子だったぞ。更にはソラ嬢もダスク・ルーノ殿も彼がどう退治したのかと聞いても、肝心なところは口を閉ざす始末だ」
語りながら徐々に口早になっていくジャスティン。
それはもう質問というよりは、セイランへの苦情のようになっていた。
「そもそもだな、『鍵』とやらについても『妹に預けたから守ってくれ』と…まあ一方的な文だけを寄越しておいてだな……」
と、そんな彼を制するようにセイランはおもむろにジャスティンの懐―――封筒を指差しながら言った。
「まあまあ。急だったものでさ、説明不足だった点は謝るよ。その代わりその文には重要なことは全て記してあるつもりだから……読んでくれれば粗方解るはずだ」
ジャスティンは自分の胸元に手を当て、封筒を一瞥する。
またしても上手くはぐらかされたのでは、という疑心を抱きつつもジャスティンはもう一度眼鏡を押し上げた。
「フン…それが本当だと言うならば、私はもう何も言うまい」
それからジャスティンは静かに席から立ち上がり、最後にもう一度ロゼを見つめた。
思わず重なる視線にジャスティンもまた眉を顰める。
「……まあ、ロゼの正体については…ようやく心当たりが合ってな。おおよその予測はついているのだがな」
そう言うとジャスティンはテーブルに広がったままの新聞を一瞥した後、無言のままその部屋を出ていった。




