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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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95項

      





 セイランが淹れた紅茶からは甘く芳醇な香りが漂っていた。

 そのカップに口をつけ、静かに紅茶を飲むロゼたち三人。

 これで茶菓子があれば優雅なお茶会になっていたのかもしれないが、今はそんな悠長に過ごしている暇などない。そう訴えるかの如く、早々に紅茶を飲みきったジャスティンは、開口一番に懸念していた話を持ち出した。


「それで…私をわざわざ呼び寄せた理由とは何だ? ……まあ、粗方の予想はついているのだがな…」


 そう言いながらジャスティンは椅子の背凭れに寄りかかり、足を組み替える。

 セイランは彼の質問に答えるよう、微笑みを浮かべつつ言った。


「わかってくれているなら話も早い。遠方から君を呼んだだけのことはあるよ」

「フン。よく言う。こういったときに借りを返させるため、私を左遷させた張本人が」

「それは誤解だな。俺は同期の友人が()()()()()()()で捕まってしまうのを見ていられなくて…そうなる前に動いただけだっていうのに」


 眉一つ動かないどころか、終始穏やかな表情を絶やさずに見せているセイラン。

 彼は自分の紅茶を少しばかり飲んでから続けて言った。


「さて…本題に戻そう。実はジャスティンには早急に調べて貰いたいことがあってね…それで動いて欲しいんだ」


 と、セイランはジャスティンの目の前へ封筒を置いた。

 だがジャスティンは受け取らず、腕を組みながら言い返す。


「言っておくが私は貴殿の諜報員ではないぞ。それに、そういった任務こそ貴殿の精鋭な部下たちに頼めばいいではないか」

「それについては申し訳ないとは思っているんだけど……こういった()()()の調査を何も聞かず独自で動いてくれて、尚且つ口が堅い信用の出来る有能な仲間なんて…君以外に適任はいないと思ったんだ」


 言われて嫌な台詞ではない。誉め言葉の羅列。

 その言葉を聞いたジャスティンは暫しの沈黙の後、眼鏡を押し上げながら言った。

 

「…仕方ない。この私が必要だと……まあ、そういうことならば助けてやらなくもないがな」


 何故か威張るように語るジャスティン。


「助かるよ、ありがとう」


 そんな様子を静観していたロゼは人知れず、紅茶に波紋が出来るほどの溜め息を漏らした。


「……扱いやすい(ちょろい)から頼んだっていう理由もありそうだけど…」


 幸か不幸か、彼の呟きがジャスティンの耳に届くことは無かった。





「———それで、この封筒内に私に頼むという調査内容が書かれてあるということだな」

「口頭で伝えても良いんだけど、君の場合は()()伝達方法の方が良いだろうと思ってね」


 セイランの説明を聞きながら、ジャスティンはおもむろに封筒を天井高く掲げ、透かして見る。

 そこから文字が透けて見えるわけでもないのだが、ある程度の分厚さ(枚数)がそこから予測できた。


「…それと。もう二つばかり聞きたいのだが」

「二つもかい? まあ、遠慮なくどうぞ」

「一つは灰燼の怪物(グリート)の話だ。セイラン、貴殿も既に村で起こった事件は聞いているのだろう」


 するとセイランはそれまでの笑顔を一瞬だけ解き、複雑な表情を見せた。


「その点については謝る他ないよ。灰燼の怪物(グリート)が動くかもしれないという公算自体は正直あったんだけどね」


 直後、ジャスティンだけではなく。ロゼまでもが前のめりになってセイランへと迫る。


「では貴殿はそうと解っていながら危険人物(グリート)をみすみす村へ見逃していたというのか…!」

「それは私も聞き捨てならないわね…貴方のその判断でどれだけの人間に迷惑をかけたか…」


 息の合った二人の詰め寄りを宥めつつ、セイランはもう一口紅茶を飲んでから答える。


「…そうならないよう俺も手を尽くしたつもりではあったよ。方々に働きかけ回ってもいたし、『丼鼠(どんねずみ)()』のマスターと思しき()()()()を適当な理由を付けて始終監視(マーク)もしていたしね。()()()灰燼の怪物(グリート)自体に接触はなかった。けれど……灰燼の怪物(グリート)は何処からか指示を受けて動いていたようだね」

  

 セイランの説明にジャスティンが鼻息を荒くして言う。


「おそらく、直接会わずとも命令を伝えられる手段がいくつも用意されてあったんだろう。そういう組織なら常套手段だ」

「よく解っているね」

「……それは嫌味か?」

「褒め言葉だよ」


 そう言って微笑むセイラン。彼はまた静かに紅茶へ口を付ける。

 と、2人の会話を聞いていたロゼは、腕を組みながら言った。


「そもそも、丼鼠(どんねずみ)()』のマスターと思しき()()()()って解り切っているなら……それこそ、適当な理由で捕まえておけば良かったじゃない。それが貴方の目的の1つだったのでしょうし」


 ロゼが見せる鋭い眼光に、セイランは僅かに眉尻を下げた。


「それが出来ていたらここまでの苦労もしていなかったよ。けど……向こうも手段を択ばない人間だったから色々苦労していてね……」


 ()()()は国王と太いパイプで繋がっているような人物であり、アマゾナイトの上層部にいるセイランとて、迂闊に手出しが出来なかった。

 しかし、それは()()()側も同じであり、下手な行動には出ないだろう。と、セイランは推測していた。


「…けれど、そうこうしている間に()()()はまさかの行動に出てきたよ。国王騎士隊が()()()―――『丼鼠(どんねずみ)()』のマスターを強引に捕えてしまったんだ」


 そう言ってセイランはおもむろに席を立つと、背後の棚から新聞紙を取り出しテーブルに広げた。

 新聞には『闇の組織丼鼠(どんねずみ)()を国王騎士隊が摘発。逮捕された組織のボスはかの大商人ヴァラ・メンブルム』『国王様とも親交の深い彼が何故?』と言った見出し記事が書かれていた。






     

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