93項
カムフに急に制止させられたソラはドアを開けっぱなしのまま叫んだ。
「何で止めんのさカムフ! 早くロゼを見つけるためにも早く兄さんに会いに行かないと!」
不満顔を見せるソラに、カムフは窓を指差しながら言った。
「その気持ちはわかる! けどもう夕方だぞ。流石に今からじゃあアマゾナイトも面会させてはくれないだろ?」
窓の外は茜から藍色へと変わっていく空が広がっており、アマゾナイト本部に辿り着いた頃には夜も夜の時刻だ。
急を要する場合を除く一般の受付時間は夕方までであり、今からどう急いでも間に合いそうになかった。
「けど…兄さんなら会ってくれそうだけど」
「それはそうだけども! 組織的にはセイランさんに会う前に門前払いさせられるだろうな」
当然と言えば当然のカムフの言葉にソラは口をへの字に曲げつつも、渋々とドアを閉めた。
「じゃあ…どうしたらいいの?」
「どうするもこうするも、今日のところは一旦休止だな。でもって、明日の早朝に会いに行くしかないな…」
苦笑交じりにそう答えるカムフへ、今度はレイラがしかめっ面で言い寄る。
「じゃあ、わたしたちの情報収集の方はどうするのよ?」
「今からでも出来なくもないけど…夜よりも日中の方が良いだろうし。ソラと一緒に明日からだな」
カムフの答えにレイラは顰めた顔のままベッドに倒れ込む。
その一方で、キースは人知れず欠伸を押し殺しつつ、自分の乱れた布団を直していた。
「とにかく。今おれたちがするべきは―――」
と、カムフがそう言いかけた瞬間。
大きな腹の虫が何処からともなく響いた。その音はソラの方から聞こえてきた。
「…晩御飯、だね!」
顔を紅くしながらもそう叫ぶとソラは再度、勢いよくドアを開いた。
「そうだな」
笑みを浮かべてベッドから立ち上がり、ソラに続くカムフ。レイラとキースもその後へと続く。
「けどこの宿って食事用意してくれるの?」
「ざっと見た感じだと提供は宿泊だけっぽいから食事は外だな」
ソラの質問にカムフが答える。
「えー、めんどいわね…」
そんな愚痴を洩らしつつもレイラはソラよりも急ぎ早に通路へと出て行き、宿の外を目指して歩く。
こそこそ隠しているがレイラも空腹でお腹を押さえており虫が鳴かないよう気にしているようであった。
思わず苦笑するカムフだが、空腹と言う点では彼も同じであった。
「あーあ…こうやってご飯食べに行く先でばったりロゼと出会わないかな。そうなったら直ぐに追いかけて捕まえるのに!」
と、ソラは意気込んでいるが、その声に負けないくらいに腹の虫が鳴り続いている。
だがそれを恥ずかしがる様子はなく。むしろ誇らしげに胸を張っているほどだった。
「よくもまあそんなグーグーとお腹鳴らせるわね」
片やお腹が鳴らないよう必死に腹部を押さえ込んでいるレイラは恨めしそうに彼女を睨む。
「お腹が減るのはしょうがないじゃん! 腹が減ってはなんとやらって言うしね」
満面の笑みを浮かべて答えるソラ。ちゃんとした睡眠を取ったからだろうか、その足取りは軽い。
するとソラはおもむろに頭上高く拳をつきだした。
「もうこうなったら、今夜は美味しい王都料理を食べつくす! それしかない!」
ソラはそう断言をして意気揚々と歩いていく。
そんな彼女を見たカムフとレイラ、キースの三人は思わず互いに顔を見合わせ、呆れ顔を浮かべた。
「ホント…やることなすこと一々騒がしいのよね」
「レイラが言える立場じゃないと思うけどな」
「なにか言った?」
「いやいや、何も……あ、そういやブルックマンさんが言ってたことって何気に的を得ているよなあって」
レイラに睨まれたカムフは急いで話題を逸らすべく、わざとらしく思案顔を浮かべる。
若干眉を顰めながらも、レイラも同じく思案顔で遠くを見つめた。
「ああ、ソラを嵐みたいって言った例えね……確かに良くも悪くも、色んな人たちを巻き込みながら進むって感じは嵐そのものよね」
そう言って苦笑するカムフ。釣られるようにレイラとキースも苦笑を零す。
「この嵐みたいな騒がしさでロゼが見つかるんだったらホント楽な話なんだけどね」
と、カムフたちの会話に気付いたソラは急いで話に割って入り、不満顔をみせた。
「ちょっとちょっと! みんなしてあたしのこと犬とか嵐とかってさ…あたしはあたしなんだからね!」
「はいはい、わかったから」
不満そうに頬を膨らますソラ。
彼女を適当にあしらいながら先に宿の外へ出たレイラは、流れてくる芳醇な香りに思わずお腹が鳴りそうになる。
「この匂い…カレーっぽいわね」
「カレー!? 村には香辛料ほとんど出回らないから王都じゃないと食べられないもんね! そこに行こ行こ!」
そう言うとソラは匂いだけを頼りにレイラを追い越して一気に駆け出していく。
「……犬と嵐のついでに子供っていうのも追加した方がいいんじゃない?」
「そうかもな…」
カムフたちはそんなソラを見つめながら軽く肩を竦め、それから続くように彼女を追い駆けていった。




