91項
ジャスティンの手助けによって王都へやって来られたソラたち。
彼女たちは先ず旅の疲れを癒すべく、ジャスティンのメモに書かれた宿へと向かうことにした。
彼の知り合いが営むという宿は、アマゾナイト本部からは真反対の―――王都を囲う外壁からほど近い場所にあった。
王都の中心部からは外れているものの、流石は華やかな都に建っているだけあり、その宿は古めかしくも立派な造りであった。
「カムフんちの旅館より何百倍も立派だね!」
「くっ…その言葉に傷つくおれもいるが…認めざるを得ないと思うおれもいる…!」
宿に入るとエントランスもまた立派な造りで。シャンデリアも踊り階段も、『ツモの湯』とは雲泥の差であった。
だが、気になる点もある。
エントランスや奥の客室からは全く以って人の姿どころか、気配すら感じられなかったのだ。
と、目の前の受付カウンターに読書を有意義に楽しんでいる女性の姿があった。
「あの…」
カムフが代表して恐る恐る尋ねると、女性は少しばかり驚いた様子で答える。
「あら、お客様でしたか。いらっしゃいませー、『モリアンの宿』へようこそー」
ゆっくりとした口調で喋るおっとりとした雰囲気の女性。彼女は営業スマイルをソラたちに向ける。
「実はおれたちジャスティン・ブルックマンさんの紹介で此方に来まして…」
「ああ、なるほどねー」
意味深な言葉と笑みを浮かべた後、彼女は読みかけの本に栞を挟むと椅子から立ち上がる。
「それでは、客室にご案内しまーす」
そう言いながら彼女は踊り階段がある方向へと掌が指した。
ソラたちは彼女に案内されるまま、客室へ向かう。
宿の主人らしき女性から話を聞くと、ソラたち以外に客はいないらしく。つまり良くも悪くも貸し切り状態であるとのことだった。
「いつもはもう少し他のお客様もいるんですけどね。お客様がたは素晴らしい幸運の持ち主かもしれないですねー」
「客が全くいないのに素晴らしい幸運だ…って、その前向きな考え方さ、ノニ爺も見習ってほしいよね」
「今はそういうこと言わなくて良いから…!」
こっそりと耳打ちするソラへ、そう耳打ちし返すカムフ。
と、主人の女性はおもむろに足を止めた。
もしや耳打ちの話を聞かれたのかと一瞬ヒヤリとしたソラたちであったが、女性が指し示したのは一つの扉であった。
「ジャスティンさんのお知り合いとのことで…一番素晴らしい部屋を用意しましたよー。そんなわけで、ごゆっくりおくつろぎくださいねー」
案内された部屋のドアノブに手を掛け、ソラはその扉の向こう―――室内を覗く。
そこは落ち着いた雰囲気のレトロモダンな内装で。中央のリビングとは別に、左右の部屋にはそれぞれ大きめのベッドが二つずつ設置されていた。
「すっごい! 三部屋もある! しかも思ったより広いし日当たりも最高じゃん!」
感激したソラは一番に室内へ飛び込むと、大はしゃぎで窓を覗いたりベッドに飛び乗ったりする。
レイラもソラの隣のベッドへと倒れ込むとその顔を布団に擦りつけた。
「やっと横になれるわー! ほぼ一日エナ車ん中で移動だったからもうヘトヘト…まあ歩かなくて済んだ分ジャスティンにはホント感謝だけど」
「中心地から外れてるとはいえど、流石王都の宿だ…素直に負けを認めるしかないな」
「アンタは誰目線よ」
もう少し部屋を堪能していたいソラたちであったが、このままだとそのままベッドに潜って寝入ってしまいそうだったため。
四人は重い腰を上げて、リビングで今後の相談をすることにした。四人がソファに腰を掛けたところで、先ず口を開いたのはカムフだった。
「それで、今後のことなんだけど…どうやってロゼさんを探すんだ?」
彼の言葉にレイラとキースはタイミングを計ったかのように互いに顔を見合わせ、肩を竦める。
と、一方のソラは迷うことなく言った。
「あたしは兄さんに会いに行く」
彼女の言葉に反対する者はいなかった。
「っていうかそこは当然でしょ? もうそれ頼みで王都に来たと言ってもいいくらいなんだから」
呆れたようにため息を吐きつつそう言うレイラ。
「むしろセイランさんとどうやっ《・》て会うかが問題よね」
レイラはそう懸念するのも当然で。セイランはアマゾナイトの寮で暮らしているため、ソラは彼の部屋へ行ったことがない。
しかも、いつもはセイランが出す手紙の指定場所———主にカフェで合流していた。
そのためソラは兄に会いに来たことはあっても、アマゾナイトの本部へ直接足を運んだことは今までなかったのだ。
「ジャスティンと一緒だったらもっとすんなり通して貰えるかなって思ってたんだけど…当てが外れちゃったし」
「魂胆バレバレで釘刺されてたものね」
「うぐぐ…と、とにかく! 兄さんの妹だってこと伝えて何とか兄さんと会えないか、本部に行ってみるしかないかなって!」
ソラはそう言うと意気込みを表すかのように拳を強く握り締める。
行き当たりばったりの案ではあるが他に方法もなく。皆もやむを得ないと思いつつ頷いていた。




