87項
「はあ……けどホントどうしよ…エナバでも半日近くは掛かる距離だってのに…徒歩だとそれ以上掛かるじゃん。荷馬車に乗せてもらうって手もあると思うけど…こんな時間じゃあ…荷馬車も通らなそうだし……」
南方都市の町中を歩きながらがっくりと肩を落とし、項垂れるソラ。
「急ぐ気持ちもわかるけどしょうがないって。まあ、今日はここで一泊して…明日朝一のエナバに乗るのが結局妥当かもな」
落ち込んでいるソラをそう言って慰めるカムフ。
だがその優しい言葉も彼女の耳には全く入ってはいないようで。抜け殻のように呆然と歩き続けている。
そんなソラに代わって、レイラが深いため息交じりに返した。
「…そもそも、エナバが公共物しかないのがいけないのよね。誰か個人で所持してる知り合いでもいれば良いんだけど…」
「もしかしているのか?」
「いるわけないじゃない。個人でエナカーとかエナバを持ってる人間なんて超! が付くくらいのお金持ち…貴族や商人くらいだもの。中の上レベルの商家の娘でもそこまでの伝手なんてないわよ」
レイラがそう言って肩を竦めると、その隣でソラは。
「一応自慢はするんじゃん」
と、白い目を向けた。
「それにしても…一般民の生活にもすっかり馴染んできてる『エナ製品』でも、エナカーはまだまだ雲の上の代物ってことなんだなあ…」
「他に個人以外で持っているとしたら…選ばれた役職くらいよね」
「あっ」
レイラの台詞を聞いたカムフは不意にあることを思い出した。
「どうしたのよ?」
「もしかしてエナバを貸してくれるお金持ちに心当たりがあったとか?」
彼の声を聞いたレイラとソラはそれぞれ純粋な気持ちでカムフに詰め寄る。
対してカムフは慌てたように強くかぶりを振って返した。
「い、いやいや…おれだってたかがド田舎の旅館の子だぞ? そんな都合のいい相手、知るわけもないだろ」
「そんなに自分けなさなくてもいいのに…」
そうして関心が逸れた二人を見てから、カムフは人知れず深く吐息を洩らす。
上手くはぐらかしたが、実のところカムフは心当たりを思い出したのだ。
彼の脳裏には、昨夜の光景―――シマの村の火災事件に現れたあのとある役職用の車が、そしてそれに乗っていた人物が、過った。
(…確かに、この南方都市にあるあそこへ行けば絶対にエナカーはある。けど…こんな自分勝手な理由じゃああの人が乗せてくれるとは到底思えないしな……)
カムフがそう考えていた、丁度その瞬間だった。
「―――君たちは…?」
まだ彼の名を出したわけでもないというのに、何という絶妙なタイミングか。
カムフは彼の声が聞こえた途端、思わず頭を抱えた。
「ああ!」
「えっと、アンタって確か…」
「アマゾナイト南方支部総隊長補佐官、ジャスティン・ブルックマンだ」
これまた何の運命の巡り合わせか。現れたジャスティンは偶然にもアマゾナイト用車に乗っていた。
彼は乗っていたアマゾナイト用車を停めると、窓から顔を乗り出しながら尋ねた。
「何故君たちがこんな時刻にこんな場所にいるのだ…?」
「お、おれたちはまあ…ちょっと急用で。それより、ブルックマンさんこそこんな時刻まで仕事ですか?」
カムフはソラとレイラが何か言い出す前にと急ぎ話題をすり替えつつ、遠回しにジャスティンを追い返そうとする。
だが、その選択は間違いであった。
「まあな。実にしち面倒くさい話なのだがな……昨日の事件関連でエクソルティスのアマゾナイト本部まで急いで来いと急な命令を受けてだな。まあ、あの悪名高い灰燼の怪物を取り逃がしてしまった責任の一端は私にもあるのだろうがしかし、何故総隊長補佐官であるこの私が直々に行かなくてはならないのか。まったく命令を下した奴を恨みたくなるところだ」
口早に、愚痴交じりに語るジャスティン。
アマゾナイトの重要な内容を一般の少年少女に話して良いのかと思うところであるが。良くも悪くもソラとレイラの耳には入っていなかった。
勿論、王都という単語を聞いた辺りからだ。
「ちょっと!」
「頼みがあるんだけど!」
気付くと二人の少女は強引にアマゾナイト用車の中に乗り込んでいた。
「お、おい! 何なんだ君たちは…!?」
困惑するジャスティンを後目にソラとレイラ、そしてキースまでも後部座席にどっかりと座り込む。
続けて、ソラとレイラは運転席のジャスティンに身を乗り出して叫んだ。
「エナカーで王都まで!」
「連れてけ!」
「は?」
しかもとても人にものを頼む態度とは言えない。懇願と言うよりも脅迫とも言っていいような台詞だった。
一人乗り込まずにいたカムフは再び頭を抱え、ため息を吐いた。
「…急に何を言い出すのかと思いきや…私はこの状況下に大至急王都へ来いと言われたから、わざわざエナカーを借りているのだ! それを何故、私用目的だろう君たちを同乗させねばならんのだ!」
当然と言えば当然のお叱りであった。
早く降りろとばかりにジャスティンはソラたちを手のひらで振り払う。
と、叱られてしまったソラは、静かに俯きながら言った。
「だって……ロゼを…ロゼを追いかけたいから…!」
「ロゼ? ああ…あの男のことか……」
そう言うとジャスティンは思案顔を浮かべる。
牧歌的なあの村とは随分かけ離れていた彼の姿を脳裏に過らせつつ。ジャスティンはこの場にそのロゼがいないことに気付いた。
自分が守ると豪語していた彼が何故ここにいないのか。ジャスティンはその違和感に顔を顰めた。




