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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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84項

     







 時刻は正午手前。

 本来の日常風景ならば今頃は昼食にしようと皆で食堂に集まり、騒がしくしているはずだった。

 レイラの挑発にソラが金切り声を上げて、ケンカ一歩手前になって。

 それを調理中のカムフが慌てて止めに入って。

 キースはどうしたらいいのかと困った顔で三人を見守り。

 そんな光景を一人、まるで他人事のように笑ってロゼが眺めている。

 それがここ最近の日常風景だった。

 ―――だが、今その場にロゼはいない。

 代わりに食堂内では村人たちが総出で昼食の支度をしていた。


「おやおや…ソラちゃん元気になったんだね」

「ソラがおらんとやっぱ騒がしくならんからなあ…」

「騒がしくする前にまずは飯だ飯! ほら、カムフたちも飯を食え……」


 村人たちはソラたちの姿を見つけるなり嬉しそうに近寄ってきてくれた。

 いつものように温かい笑顔を彼女たちに向ける。

 しかし、村人たちはいつもと違うソラの様子に気付き、和やかな会話を止めた。

 真っ直ぐに見つめるソラの眼差しに、村人たちは思わず息を吞む。


「皆聞いて…あたし、村を出たいんだ」

「ええっ!?」

「村を出ていくって!?」

「どういうことだい!!?」


 動揺する村人たち。

 即座にレイラの突っ込みチョップがソラの脳天に直撃する。


「アンタね…言い方ってもんを知らないの?」

「その説明だけだと『村には帰らない』、みたいな感じに聞こえるだろ?」

「あ、そっか」


 両手をポンと合わせた後、ソラは改めて事情を説明した。

 この村から突然去っていった客人―――ロゼに会いに行きたいのだと。会って話してちゃんと別れるなりもう一度村に戻ってきてもらうなりしたいのだと。

 勿論、ロゼの異能の力については伏せた上で話した。


「……けどなあ…村がこんな状況でソラたち若い者がいなくなるのはな…」

「そもそも村にたまたま泊まってただけの客人だろ? 追う必要なんてあるのか?」

「それに、あの客人を()()()()()じゃとわめいておったのはソラじゃろうに…」

「というよりも…あの客人が例のなんとかの怪物と繋がってたんじゃないか? じゃなきゃ事件に併せて突然いなくなるなんて可笑しいだろ」

「確かに…余所者なんぞ、何をするか解らんからのう」


 村の男たちは口々にそう言う。彼らの言い分はもっともであり、何ならソラも以前は彼らと同じ側の意見であった。

 だからこそ、ソラは彼らの言葉に反論も出来ず。静かに唇を噛み締めた。




 

「―――行ってきなさい」


 すると、一人の老婆がおもむろにそう口を開いた。

 彼女の言葉に食堂内はしんと静まり返る。

 老婆はソラの傍へ近付くと、持っていたバスケットを握らせた。

 中には昼食用に用意していただろう焼き立てのパンや焼き菓子が詰め込まれていた。


「ジンナ婆…」

「確かにあの客人は余所者じゃし怪しい格好をしておった。不気味に思うのは当然じゃろうて。しかしな…炎に狼狽えるわしらを一人果敢に誘導してくれたのも彼じゃった…腰を抜かしてたわしの背を引っ叩きおってな……けどお蔭で妙に足が軽くなって、なんとか逃げられたんじゃ」

「そ、そうよ! ロゼは悪い人じゃないわよ。そんなのソラの懐き具合を見りゃあわかるじゃない」


 レイラはそう言ってソラの背をバンバンと叩く。


「懐き具合って…あたしは犬かネコじゃないんだから」


 ふくれっ面でレイラを睨むソラ。

 だが必死に擁護するレイラはとても心強く。叩かれた背中は妙に温かく感じた。


「ロゼさんにはロゼさんの事情があって村を出たにしても、今回の事件でおれたちはまだ避難誘導してくれたお礼も言えてないんだ。だったら、それを伝えに行くくらいは自由だろ?」


 カムフも続けて助け舟を出す。

 男たちは口を噤み、各々顔を背け出す。

 するとそれまで静観していたノニ爺が言った。


「ワシゃあいつも言っておるぞ? お客様には何を言われようとも丁重におもてなしをしろと……じゃがな、どんなに大金を積んでくれようが湯を褒めちぎってくれようが、マナーの悪い輩は金を叩きつけてお断りしろ。とな」


 ノニ爺はずっしりと重い布袋をカムフに手渡した。

 中を覗くとそこには大量の札束が入っていた。その意図を察したカムフは目を見開く。


「あ…」

「窓からのチェックアウトなんてのは充分過ぎるほどのマナー違反じゃ。じゃからカムフ、この金をお客様へ付き返してこい……ちゃんと昨夜の礼を言った後でな?」


 それはロゼと会うための大義名分を作ってくれたようなものだった。

 村長以上に村の顔として存在感の強いノニ爺の言動には、最早誰も反論は出来ず。男たちも閉口するしかなくなる。


「けど支払って貰ってた額より入ってる金額多めじゃないか?」

「そりゃあエクソルティス(王都)まで行くとなりゃあ何かと物入りじゃろうからのう…その旅費に使うといい」

「ノニ爺、わざわざお金まで用意してくれるなんて…ありがとう!」

「何を言っておる。出世払いじゃ」


 その言葉に何も言えなくなり、ソラは「あ、そう」とだけ答えた。

 




「それじゃあ行ってくるね」

「気を付けて行くんだよ?」

「こうなったら無理やりにでもあの男を連れ戻してこい! 若者どもを連れ出したのと昨日の礼併せて、修繕作業と大酒を振る舞ってやるからよ!」

「そりゃあ妙案じゃのう」


 そう言って結局のところ、村の皆が心良くソラたちを見送ってくれた。

 






     

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