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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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83項

      







 ダスクはおもむろに机の下から一本の剣を取り出した。

 ソラはカウンターに置かれたそれを覗き込む。


「これは…?」

「本当は娘に渡すような代物ではないが…護身用に持って行け」


 父が用意したその剣の柄には、宝石のような装飾が付けられている。

 そんな飾りのせいか、父が造った剣にしては少しばかり派手にも感じた。


「実用の剣っていうよりかは部屋に飾る剣って感じなんだけど…」


 ソラの疑問に対し、ダスクは無言のままその剣の鞘を抜く。

 そこには美しく打たれた刃先———などはなく。誰がどう見てもただの模造刀かもしくは鉄の棒(なまくら)にしか見えなかった。


「と、父さん? 全然剣じゃないけど?」

「まあ見ていろ」


 ダスクはそう言うと柄を握りながら、指先で装飾のエナ石に触れる。

 直後、バチバチという大きな音と共に剣先から電気が迸った。

 その異様な光景にはソラだけでなくカムフやレイラたちも目を丸くする。


「な、何これ!?」

「その剣に付いている結晶体はエナ石だ。近年のエナ技術によって注入に成功したという『雷』の属性が注がれている」

「『雷』の属性って…ホントに最先端技術のエナ石じゃないですか!?」

「それをソラなんかのために…!?」

()()()は余計だ!」


 と、いつもの如くレイラといがみ合いを始めそうなソラへ、ダスクはその剣を黙って手渡した。

 受け取ったソラはその感触に思わず目を見開く。


「か、軽い…」


 それだけではない。その握りやすさも、刀身の丁度良さも、まさにソラのために造られた剣のようであった。

 父から託された剣の温かみにありがたさを抱くと共に、ソラは複雑な気持ちになっていく。


「ありがと父さん……けどさ、あたし…ロゼにもう会うことはないって。さよならって言われちゃったのに…それでもロゼはあたしに会ってくれるかな…?」


 思わず吐露した弱音。

 そんな娘の不安を取っ払うかの如く。父は力強い言葉で言った。


「ああ。当然だ」


 その力強い肯定は彼女の背中をバシッと叩いてくれたようだった。

 簡単な言葉で例えるならば、『勇気』を貰ったような気分だった。

 ソラは深く頷き、父への返答のように頼もしい笑みを見せつけた。


「…わかった。あたしたちに任せてよ!」


 ソラは意気揚々と、今すぐにでも村から飛び出して行きそうな勢いで家から出ていく。


「ちょっと! エクソルティス(王都)へ行くにしても準備がいるでしょーが! 待ちなさいってば!」


 そんな彼女を慌てて追いかけていくレイラとキース。

 突っ走るソラに後追うレイラとカムフ、キースの3人。

 それはあの頃によく見た光景と何ら変わらないもので。その懐かしさにダスクは思わず微笑する。


「―――最後に一つだけ…これだけは答えて下さい」


 すると、一人未だ残っていたカムフがそう尋ねた。その質問をしたいがため、あえて最後まで残っていたようだとダスクは察する。


「この一連の…ロゼさんや『鍵』に関係することが全部、セイランさんが仕組んだことだとしたら……セイランさんは…いや、セイランさんとおじさんはわざとソラをこの事態に巻き込んだってことですか…?」


 無意識にカムフの表情が曇る。それはダスクも同じであった。

 ダスクは俯き、暫くの間を置いてから「ああ」と答えた。


「あんなに妹思いで…ソラのことが大好きなセイランさんが……どうしてこんな、一歩間違えれば危険な騒動に巻き込んだんですか?」


 その言葉には少なからずカムフの憤りも含まれていた。

 セイランが何よりも(ソラ)を大事に思っていたことは、誰よりもカムフは理解しているはずだった。

 突拍子のないサプライズが趣味のような人物ではあるが、(ソラ)に命の危機が及ぶ真似だけは絶対にさせない人だとも信じていたのだ。

 だからこそカムフはソラを巻き込む(このような)展開になることを―――そう策謀したのだろうセイランが許せなかった。


「アイツも今回の件は本望ではなかった。何より、アイツはソラを()()()使()()の巻き添えにしたくはないからと…単身アマゾナイトに入隊したくらいだからな。やむを得ない苦肉の策だったのだろう」

「……()()()使()()…?」


 セイランの入隊理由も初耳であったが、それ以上にダスクが洩らした『()()()使()()』という単語がカムフには引っかかった。


「それは…噂になっていた『英雄』最後の使命、ですか…?」





 英雄ダスク・ルーノ。

 この王国でその言葉を知らない者はいない。

 第二次ヨォリ()の争乱を早期終結に結び付けた英雄は、争乱後も数々の武功を上げたと云われている。

 だが、争乱で受けた怪我の後遺症を理由に、彼はある日突然アマゾナイトを退役した。

 突然表舞台を去った『英雄』を求める余り、人々はこんな片田舎にまで足を運び続けた結果、()()()()へと繋がっていくわけなのだが。

 その当時は様々な『英雄』の憶測や噂が流れ、民たちは真相を追い求めていた。

 そのうちの一つに、このような噂話があった。

『ダスク・ルーノはとある使()()のため、英雄としての幕を閉じたのだ』と。





「……すまんな。これはもう()()()()使()()ではないんでな。全てはセイランから聞いてくれ」


 ダスクはそうとだけ答えるとそれ以上は何も答えることなく、口を閉ざしてしまった。

 それでも彼から少しでも何か聞けないかと暫し待っていたカムフであったが、やがて遠く―――家の外からソラたちの呼び声が聞こえ、カムフはやむなく家を後にすることにした。


「…ありがとうございました。必ず、ソラと……ロゼと一緒に帰ってきます」


 踵を返し去っていくカムフ。間もなくしてドアの閉まる音が聞こえてくる。

 独りとなったダスクは、おもむろにいつもの棚へと目を向ける。

 彼の大切な思い出が詰まった写真が並ぶその棚に、昨日まであったはずの木箱はなく。

 虚しい空間となったそこをダスクは静かに眉を顰め、見つめていた。 







        

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