82項
シマの村の外れにあるソラの家周辺は、他の家々よりも酷い状況であった。
木々や草花は見事に焼け焦げ、畑は踏み荒らされてしまい、辺り一帯はまるで荒野のような惨状が広がっている。
昨晩、一時だけ降った豪雨のお蔭で完全に鎮火こそしているものの、まだ何処からか焦げついた臭いが漂っているようだった。
そんな場所にいたのはダスク―――だけではなかった。
「父さん!」
現場検証なのか、灰燼の怪物が暴れ回っていたその場所にはダスクと数人のアマゾナイトがいた。
「ソラか…」
至って冷静な父の様子に、ソラは思わず顔を背ける。
昨晩の事件以来、気まずさからまともに会話も出来ておらず。面と向かって話すのは今日初めてのことだった。
「あ、あのさ…聞きたいことと言いたいことがあるんだけど…」
そう言いながらソラは周囲のアマゾナイトを一瞥していく。その目配せの意図を読み取ったダスクは静かに吐息を洩らし、それから周囲のアマゾナイトたちに言った。
「……すまんが周辺を見回ってきてくれないか? 念のため…灰燼の怪物がまだ潜伏している蓋然性もあるだろうからな」
「了解しました」
素直に聞き入れるとアマゾナイトたちは敬礼した後、各々焼けた山林の向こうへと消えていく。
そうしてアマゾナイトたちがいなくなるとダスクはゆっくりと杖を付きながら歩き出した。
「とりあえず、家の中に入れ…少しだけ、話しをしてやろう」
ダスクはそう言うと家の扉を開け、奥へと入っていく。
ソラたちは互いに相槌し合うと、彼の後に続いて家の中へと入っていった。
「話してやる、と言っても……俺が話せることは大したものじゃない」
家の中に入るとダスクはお気に入りの椅子へと静かに腰を掛けた。
屋外周辺の惨状とは打って変わって、家の中は大した被害も見受けられず。日常風景のままであった。
それは他の家と比べて此処が石煉瓦で造られていたお蔭だろうと、カムフは不意に思った。
「『鍵』って…そもそも一体なんだったの? あれって本当はロゼのものだったの…?」
意外な質問であったのか、ダスクは僅かに目を丸くしてソラを見る。
「てっきり…『ロゼは何者なのか』か、『俺とロゼが何故知り合いなのか』と、聞いてくるかと思ったが…」
「あ…それも聞きたいけど! あたしにとって全ての始まりは『鍵』だったから…だから先ずはそこから!」
少しばかりムキになって話すソラにダスクは穏やかに笑みを浮かべつつ、口を開く。
「…『鍵』の持ち主は、という質問に対してはあれはロゼのもので間違いない。そもそもあの『鍵』と、奴が首に付けていたチョーカーの装飾には同じ純度の高いエナ石が使用されている」
純度の高い結晶体は、触れている対象物のエナが膨大だと感知すると、エナを吸収し石内へ蓄積する。反対にエナが極端に減少している場合は石内に蓄積していたエナを適量に分け与えるという―――例えるなら自動式の弁のような、『エナを調整する』という特性を持っている。
「そんな結晶体がロゼのチョーカーとか『鍵』に付いていたってこと?」
「一体なんでまた…?」
「ソラは目の当たりにしただろうが…ロゼは風を自在に扱うことが出来る異能力者でな。奴はそのエナ石を用いて常時、自身のエナを封印し、制御していたんだ」
エナ使い。
一般民ならば一生聞くことが無いレベルの、初耳のような単語。なのだが―――。
その単語を聞いた途端、真っ先にカムフが目を輝かせて言った。
「エナ使い!? ウミ=ズオの冒険譚内にそんな名称の記述があったけど…エナを自由自在に操り扱えたり、エナに干渉して触れたものを自由自在に変化させたり…そんな女神アドレーヌ様のような力を持つ人のことを『エナ使いと名付ける』って! 書いていたあの!? まさかそれが実在していたなんて…!」
と、全身が震えるほど興奮気味であるカムフを後目に、レイラが咳払いを一つ零してから尋ねる。
「エナ使いって言葉も、ロゼがソレだってのもまだ飲み込めてはないんだけど……なんでロゼはわざわざエナを制御していたんですか? 危ない力だからいつもは封じてた、とか?」
レイラは自身の掌で片目を覆う手振りを見せながら尋ねる。
「詳細には語れんが…まあ、そんなところだ…」
ダスクは椅子の背もたれに深く寄りかかりながらそう答えた。
「…そして、エナを制御するチョーカーの封を解放するための鍵———それが『鍵』の正体だ」
『鍵』がぶつかることでそれがスイッチとなり、それまでエナ石に蓄積されていたエナが一気に解放され、再度ロゼの身体へと戻っていく。
そうすることでロゼは本来どころか、それ以上の力を取り戻していた。
「じゃああのとき黒髪から金髪になったのは…?」
「体内のエナが一定量まで減った人は例に漏れず髪が黒く変貌してしまい、逆にエナが適量まで回復すれば髪の色も元に戻るようでな……ロゼの髪が黒色から本来の金色へ戻ったのも、そうした理由からだ」
ダスクの説明を一通り聞いたレイラは、唸り声と思案顔をしながら話した。
「えっと…つまり、ロゼは異能力者っていう存在で…でもって、普段はエナ石で力を封印してて……それで、『鍵』って呼んでたエナ石を使うと…本来の力と髪の色に戻る…って、ことかしら?」
彼女のかいつまんだ説明にダスクは頷き肯定する。
「……だが…奴にとって要である『鍵』を、セイランはとある理由から強引に隠した…」
「それって、あたしに勝手に渡しちゃったってこと?」
「まあそんなところだ。それで奴は『鍵』を手に入れるべく…いや、取り戻すべく。この村へ渋々やって来た…というところだ」
静寂とした空気が室内に漂い始める。
と、カムフは静かに息を吞み、それから質問する。
「あ、あの…ロゼさんが『鍵』を求めてやって来た経緯はわかりましたが……でもどうして、あの連中―――灰燼の怪物のような奴らまでその『鍵』を狙ってやって来たんですか…?」
「……すまないな。その辺りについては俺からは話してやれない」
「どうして!?」
思わず反射的に尋ねるソラ。するとダスクはその真っ直ぐな眼差しでソラを見た。
「その辺りについては…セイランや本人から聞くべき複雑な事情が絡んでくるからだ。俺が話すことではない。それに、ロゼを仲間だと思ってくれているのならば…尚のこと、本人から聞いた方が良い」
それはソラたちの思惑を見透かしたような、これから言おうとしていることもお見通しだというような言葉だった。
「父さんはロゼに会いに行くこと…引き留めはしないの?」
「何を言っている…ロゼを助けに行ってくれと先に頼んだのは俺の方だ」
父の言葉にソラは昨晩のことを思い返しつつ、瞳を大きく見開いた。
「だから…今一度頼もう。ソラ、あいつを―――ロゼを助けてやってくれ」
ダスクはソラたちをゆっくりと見つめ、それから頭を下げて言った。




