81項
「あたしは……それでもロゼに会いたい。会って昨日言えなかったことをちゃんと話し合いたい」
ソラの言葉に、カムフもレイラも一瞬だけ瞳を大きくさせて彼女を見つめる。
しかし不思議と驚愕するまでには至らなかった。むしろそう言うだろうとすら思っていたところだった。
そんな彼女の意見を即座に否定したのはカムフだった。
「絶対危険だ。ロゼさんや灰燼の怪物の凄い力ってのを見たんだろ? なんでそんな力を使えるのかわからないけど…そんなの、恐らくヤバい理由しかない……だったら…これはおれたちが出る幕じゃない。関わるべきじゃない話だぞ」
「わかってるよ! けどさ…あたしさ……ロゼと別れるときになって、ようやく気付いちゃったんだ…」
ソラはそう言ってから、静かに俯く。
「き、気付いちゃったって…何、を…?」
尋ねた後で人知れず息を吞むカムフ。
ソラはこれまで以上に真剣な表情で言った。
「あたしさ、ロゼのこと―――友達だって思ってたことに気付いたんだ」
(そこは恋愛感情じゃないんかい…!)
心の中で思わず突っ込むレイラ。
一方でカムフはというと、人知れず安堵に胸を撫で下ろしていた。
「その友達が、「もう会わない、さようなら」って言ったときにさ……一瞬だけだけど、凄く辛そうっていうか、寂しそうな顔してたんだ。友達がそんな顔してたらさ…そのまま『さよなら』なんて出来るわけないじゃん」
今まで見たことのないような、苦しそうな寂しい顔。
その光景が未だソラの脳裏に焼き付いたまま、離れず。彼女は思い返しながら眉を顰める。
「だから…ロゼともう一回会ってちゃんと話したいんだ。」
「……それで? ロゼに会うって言っても当てはあるの? まさか闇雲に探し回るってわけじゃないでしょうね?」
「レイラ! あんまソラを焚きつけんなって…」
「そうは言ってもカムフだってわかってるでしょ? この顔になったソラはそう簡単に止められないわよ」
レイラはため息交じりにそう言うとソラの顔を一瞥する。
真っ直ぐに前を見つめるソラの目はいつものように。否、いつも以上にやる気に満ち溢れていた。
騒がしいくらいに賑やかで明るく、単純なくらいに純粋な彼女のその顔に、カムフとレイラ、キースは呆れ半分、嬉しさ半分といった表情を浮かべあった。
―――ロゼを追いかける。
ソラの強い決意にカムフとレイラも諦めたように肯定し、頷いた。というよりも、彼らもまたロゼとこのまま別れるのはあまりにも腑に落ちないと思っていたのだ。
「わたしだって…別れるなら別れるで最後にもう一回くらい、手料理作りたかったし」
「その最後って…別の意味じゃないよね?」
「どういう意味があるってのよ…」
と、いつものようにレイラとソラがいがみ合い始めたところで、カムフが二人の間に割って入りため息を吐く。
「まあまあ…とにかく。絶対に危険だとは思うけど…ロゼを追うなら追うで……とりあえず行く当ては考えないと」
「それならわたしに妙案があるわ! ロゼの部屋を調べに行くのよ! 突然村を出ていったんだもの、荷物だって置きっぱなしでしょうしね!」
そう言うとレイラは鼻高々に、自信満々と言った様子で断言する。
が、彼女の提案は即座に否定された。
「それはおれも思って今朝部屋を調べに行った。けど、部屋はもうもぬけの殻で荷物どころか塵一つなかったぞ」
「うっそ! いつの間に!? ていうかずっと隣の部屋にいたのに物音さえしなかったわよ…!?」
がっかりと口先を尖らせて不貞腐れるレイラ。そんな彼女をキースが優しく宥める。
「一応さ…心当たりがあるんだ」
そう口を開いたのはソラだった。
彼女はロゼが『鍵』を奪いに来た理由について、少しばかり心当たりがあった。
「今回のことって……兄さんが絡んでると思うんだ」
「セイランさんが!?」
「まあ、当然そうなるよな…」
レイラとカムフへそれぞれ頷くソラ。
『鍵』自体がそもそも兄セイランから理由も聞かされずに託されたものだった。
実際は、『鍵』と言って託されたものが偽物であり、ソラにプレゼントとして渡したペンダントこそが『鍵』だったのだが。
「『鍵』については父さんまでも知ってたし、しかも…あたしも知らないことも知ってるみたいだった」
「……なるほどね。それはどう考えてもセイランさんが絡んでるわね」
「そういや南方支部のジャスティンさんも『鍵』について何故か知ってる素振りはあったもんな。そうなるとやっぱり今回の件ってアマゾナイト関係で、ロゼさんは敵か味方かわからないけど『鍵』を奪いに潜り込んで来た…と」
しかし、ソラが何より気になっている点は|アマゾナイトとの関係性ではなく、ロゼが不意に呟いたあの一言だった。
『―――ごめんなさい。『鍵』は返してもらうわね』
ソラは眉を顰める。その指先は無意識に、今はもうないペンダントのあった場所に伸びていた。
「もしかしたら…兄さんが絡んでいるんじゃなくて、仕組んだことなのかもしれない…」
彼女の言葉に誰も異論は唱えなかった。むしろしっくりくると皆が―――キースさえもが納得した顔をした。
「つまり、セイランさんはロゼさんにわざと『鍵』を奪いにくるよう仕組んだかもしれないってことか…確かにあり得るな……あの人、そういう説明なしに回りくどいこと大好きだからなあ…」
そう洩らしながら頭を抱えるカムフ。
「わたしなんて未だに忘れられないわ…『恐怖のスタンプラリーバースデー事件』…危うく遭難するところだったんだから…」
同じくレイラも怯えたように肩を抱く。
キースも力強く頷くその一方で、ケロリとした顔でソラは首を傾げた。
「え? あたしは楽しかったけどな~。それに『兄さんに騙される』は愛情表現だと思ってる」
「世の中でそう思えるのはアンタくらいよ」
レイラとカムフはほぼ同時に深いため息を吐いた。
「…とにかく! セイランさんに会いに行くんなら、行き先はエクソルティスで決まりだな」
カムフはそうまとめるとその場に立ち上がった。善は急げとばかりにレイラも立ち上がる。
が、意気込む二人をソラは突然制止した。
「待って! その前に父さんにも話を聞きたいんだ」
「おじさんに?」
「ロゼに会いに行くって報告したいのもあるけど…ちょっと聞きたいこともあるんだ」
そう言うとソラもまたその場から立ち上がり、二人より先に歩き出す。
向かう先は父ダスクのいる―――ソラの家。
「って…ちょっと、アンタは勝手に進むの禁止!」
「突き進み出したら止まらないからなあ…」
呆れたため息を洩らしつつ、彼女の後を追うカムフとレイラ。
しかしその横顔は先ほどのソラと同様にやる気に満ち溢れていて。
どこか楽しそうだと、キースは一人笑みを零した。




