80項
道端で出会ったソラはカムフたちの心配を他所にあっさりとした様子でいた。
しかも会って早々お腹をぐーぐーと鳴らしていたので直ぐにその場で朝食を取ることとなった。
「まあ正直ショックだったし悲しくて泣きたくもなるよ。そんな唐突にあんな風に言わずに出て行かなくてもいいじゃんってムカつきもしたよ」
ソラはカムフ特製フルーツサンドを頬張りながらそう話した。
今の彼女にはショックによる悲しみというよりは憤りの方が勝っているようで。食べる動作もやけ食いに近かった。
と、カムフはソラの傍らに置かれていたものに気付く。
「―――ムカついてた割にはちゃんと稽古はしてたんだな」
彼の視線の先に気付き、ソラは傍らに置いていた木刀を掴んだ。
「まあね…すっかり日課になっちゃったせいか、稽古してない方が気持ち悪いっていうか…物足りない感じがしてさ。それに気分転換にもなるしね」
そう言ってソラは木刀を持ち出して素振りして見せる。
危うく頭に当たりそうだったレイラは木刀とソラを交互に睨んだ。
「間近で振り回さないでよ! っていうか心配してやって損したわよ! ボロッボロに泣き崩れてんのかと思ってたのに」
「流石にもうそこまでガキじゃないし! …兄さんが入隊したときとは違って分別つく程度には成長してるし! それに……」
「それに…?」
レイラはソラの顔を覗き込むように首を傾げるが、ソラは思いつめた表情で俯いたまま沈黙する。
暫くとその場は静寂に包まれたが、誰よりも先に口を開いたのもソラだった。
「…あのさ。皆には話しておこうと思うんだ。昨日のあったことの一部始終」
「一部始終…?」
どうしてロゼが突然シマの村を出ていったのか。
一体昨晩何が起こったのか。
確かにそれはカムフたちも気になっているところではあった。
口に出せずにはいたが、ただ事ではない何かがあったのだろうと薄々感じてはいた。
「話すけどさ…絶対に信じてよ? ホント言うとあたしだってまだ信じられなくて頭上手くまとまってないんだから」
そう言って、ソラは思い悩んだ表情で昨晩の出来事を語った。
だがあまりにも非現実的なその内容に、カムフとレイラ、そしてキースも気づけばソラと同じ顔をしてしまっていた。
「ちょっと待って…どういうこと?」
「つまり、話を要約すると……灰燼の怪物と呼ばれている暗殺者は『鍵』を狙ってシマの村を襲った。ロゼはソイツを退いてくれたけど…実はロゼの本当の狙いも『鍵』で、灰燼の怪物の代わりに『鍵』を奪って…それで村を出て行った、と…?」
そう説明するカムフに、ソラは頷く。
「多分だけどロゼは元々そう言った凄い力を使えたっぽくって。しかもその灰燼のバケモノ? も、凄い力を使ってきてさ! そこからよくわかんないけど凄い戦いがあってさ!! でもって、『鍵』ってのはただの『鍵』じゃなくって、なんかこう…バーンと凄い力をパワーアップさせる感じで。それでロゼの黒髪が金髪になったって感じで!!」
ソラは身振り手振りに両手をぶんぶんと振り回しながら語る。
と、そんな彼女の説明を遮るようにレイラが頭を抱えつつ叫んだ。
「ちょっと待って! やっぱアンタの説明だけじゃよくわかんないわよ! っていうか凄い力って何!? そもそも『鍵』っていう話のうんたらかんたら自体わたし何にも聞かされてないんだけど!!」
憤りと混乱のあまりに大きく仰け反るレイラ。と、倒れるまではしなかったが、彼女はそのまま空を仰いだ。
昨晩のどしゃ降りが嘘のように青々とした空。今夜祭をしていたら大成功となっていただろうと、レイラは思わず目を細める。
「まあ、『鍵』についての説明は…アマゾナイトのお蔭か男二人組から狙われることもなくなってたし…だから説明しても返って怖がらせるだけかなと思って」
「説明してくれてない方が逆に怖いわよ! どーりで村に行く途中アマゾナイトとよく出会うなあと思ってたんだから!」
だがそんな警備体制の中にあったシマの村へ、灰燼の怪物は易々と襲撃に来た。
ジャスティンの話によれば村の周辺にアマゾナイト兵たちらしき焼け焦げた亡骸があったと、カムフは聞いていた。
アマゾナイトだけではなく、道中偶然出会っただけだろう旅人や商人の変わり果てた姿も発見されていたとも聞いており、いかにこの村が奇跡的に救われたかが理解出来る話だった。
それもこれもおそらくは、ロゼのお蔭なのだろうとカムフは考えていた。
「でもホント、ロゼにはお礼の一つくらい言いたかったわよ。村の爺様婆様たちを避難誘導してくれたらしいし……本当にもうロゼとは会えないのかしら…?」
「…ロゼさんがいつになく冷たく言ってきたってことは…真意がどうであれ『これ以上自分に関わるな』っていう警告だとおれは思う。だから…ロゼさんに会う会わない以前に、これ以上関わること自体危険なんじゃないか…?」
カムフの意見は最もであった。
ロゼのことは『不思議な出会いだった』として、思い出の片隅に留めておくことが最適なのかもしれない。それが正しいと断言しなくとも、間違いではないはずだ。と、ソラも思っていた。
だが、そう思っていたとしても―――ソラは首を縦には振らなかった。




