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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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31話







 後にリンダから聞いた話で、歌姫アドレーヌと弟のフルトはアーサガと同じ戦争孤児で、道端で歌っていたところをジャスミンが連れて来たのだとアーサガは知った。

 先ほどの歌は泣きじゃくる弟と朝焼けの空を見ていたときに作ったのだという。


「世が世なら…こんな闇のステージじゃなくて、もっと日の浴びた場所で輝いてただろうにさ…」


 ジャスミンがバーテンダーにそう洩らしていたのを、アーサガは後々耳にした。

 アーサガはカウンターに隠れながらその話を聞き、心内で彼女の意見に賛同していた。


(アドレーヌはこんな場所に居てはいけない。あの歌はもっと色んな人に聞いて貰った方がいい)


 幼いながらに彼はそう確信していた。

 しかしその反面、アドレーヌが持つ他にはない温もりや優しさ。歌から受けた衝撃。それらを失いたくはないと願う自分がいることにも、アーサガは気付いていた。




 ある日、アーサガは同じくシェラ内の一室を借りて住み込んでいるアドレーヌの部屋を訪ねた。

 どうしてもリンダやジャスミンの前では聞かれたくない質問をしたかったからだ。

 夜も更けていた時刻であったが、彼女は無言で現れた少年を、快く迎え入れてくれた。

 同室の弟はすっかり眠り込んでいるようで、二人の物音にも起きる様子はない。

 と、差し出された紅茶の湯気を被りながら、アーサガは単刀直入に尋ねた。


「どうして、此処で働いているの? あんただったらここじゃないところでも暮らせると…思うのに」


 まだまだ子供である彼の、真剣な質問だった。

 しかし、結局は子供な彼から受けた質問に、彼女は笑っていた。

 恥ずかしさと悔しさに顔を赤くしていくアーサガへ、アドレーヌは答えた。


「貴方は…賢くて優しい子なのね。此処がいけない場所だと知っているから私たちを心配してくれている」

「そ、そんなんじゃねえし…」


 彼女は静かにアーサガの頭上へ手を伸ばした。

 だが、拒むようにアーサガは頭を引っ込めてしまう。

 そんな照れ隠しを見せる少年へ再度笑みを浮かべると、今度はその手で彼の小さな手を握った。

 まだ5歳のアーサガはその温もりに、今まで感じたことのない心地良さを抱いた。


「私が此処で働く理由は…たくさんあるわ」


 たくさんある。

 その内の1つについてなら、幼いアーサガでも知っていた。

 それは、此処が表の世界よりも安全かつお金が稼げる場所であるからだ。

 『この世はお金が一番で、だから皆此処でどんなことをしてでも稼ぐのさ』

 それは耳に胼胝ができる程聞いた、ジャスミンの口癖であった。

 しかし、アドレーヌの答えはアーサガの想像とは違っていた。


「でも一番の理由はね…歌える場所があるってことなの。此処ではたくさんの人が私の歌を聞いてくれて、そして喜んでくれる。それが嬉しいから此処にいるの。例えどんな場所だとしても、ね」


 終始笑顔を見せて話すアドレーヌ。

 心から満足だと語る彼女の顔に、アーサガは自分のちっぽけな想像を後悔する。

 と、同時に、更なる強い尊敬と憧れを彼女に抱いた。

 アドレーヌが紅茶を一口飲み込む姿を見つけ、つられてアーサガもカップに口を付けた。

 こんなにも温かい飲み物は随分と久しぶりで、思わず舌を火傷してしまった。


「―――でもね」


 こっそりと舌を出してヒィヒィしているアーサガへ、アドレーヌはおもむろにそう言って口を開く。

 彼はアドレーヌを見やる。


「もう1つ…此処を選ぶ大きな理由があるの」

「大きな…理由…」

「……私には物心ついたときから不思議な力があるのよ」









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