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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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79項

      





 


 翌日。

 食堂にいたレイラは深い深いため息を吐き出した。

 今は村の者たちと共に炊き出しの手伝いをしている最中だった。


「あーあ…せっかくのお祭りの御馳走が炊き出しの食材になっちゃうなんて…幸か不幸かって感じね…」

「なあに言ってるんだい? 村には人も馬も、ネコ一匹も犠牲者が出なかった。それだけで充分幸運じゃないか!」

「祭はまた来年でもやりゃあええわい」

「そんときにジンナ婆が生きてるかはわからんがね」


 そう言って笑い合う村の女たち。釣られるようにレイラも笑みを浮かべるが、内心は気が気ではなかった。

 此処に、本来ならいるだろう賑やかしの幼なじみ(ソラ)がいないからだ。


「…レイラちゃん、やっぱりソラちゃんが気になるのかい?」

「え…?」


 図星を突かれ、瞳を大きくさせるレイラ。不意に作業の手が止まる。


「そりゃあ…ソラのあんな顔、見たの久しぶりだし……」


 彼女の脳裏には昨晩、カムフに背負われて帰って来たソラの様子が過る。

 ずぶ濡れで泥まみれで帰って来たソラは顔面蒼白で、放心状態だった。

 何を尋ねても答えることはなく、代弁したカムフの話によれば『ロゼが村から出ていった』と言っただけだったという。

 その言葉にはレイラも少なからずショックを受けた。だが、彼女の落ち込みようはソラのものに比べれば大したことはなかった。

 と、突如背中を叩かれたことに気付き、レイラは我に返りながら背後へと振り返る。


「キース…どうしたの?」


 振り返った先にいたキースは遠く―――食堂の外を指差していた。

 するとそこには手を振って待つカムフの姿があった。


「カムフ! どうしたのよ?」

「ソラたちにも炊き出しの食事持ってってあげようかと思ってな。良かったら一緒に行かないかなって」


 彼の手にはバスケットが握られていた。『炊き出しの』と言ってはいるがおそらくカムフが個人的にソラたちのために用意したものと思われた。


「ああ、あたしらの方は良いから。レイラちゃんはソラちゃんの様子見て来なよ」

「あの子がいないとやっぱり村が騒がしくならんでつまらんからねえ」


 そう言って微笑む村のおばさんたち。一見するとサバサバとしているように見えるが、実際はソラのことをとても気に掛けているようだった。

 否、彼女だけではない。この村の誰もがソラのことが気掛かりだった。それだけ昨晩のソラは異常で印象的だったのだ。





「皆あのときの―――セイランさんが村から出ていった頃のことを思い出しているんだろうな」

「それはカムフ(アンタ)も同じなんでしょ?」

「そりゃあ…そうだ」


 ソラがあまりのショックに放心状態に陥ったことは、以前にもあった。

 それは、兄セイランがアマゾナイトに入隊するべくエクソルティス(王都)へ行ってしまったときのことだ。

 両親代わりであった祖父母の死も相まって、ソラは相当なショックを受けて毎日落ち込んでいた。

 まだ幼かったソラにとって大事な家族が突然、三人も目の前から居なくなってしまったのだ。落ち込むのも無理はなかった。

 しかし反対する間も駄々を捏ねる暇もなく、突然いなくなってしまったセイランの旅立ちには裏切られたという感情さえあったようで。それが尾を引いたのかソラの落ち込み具合は暫く続いた。

 そのときはカムフたちも健気に根気よく、励まし慰めもしたのだが。

 結局、他ならぬ兄セイラン当人が半年後に帰郷するまで。ソラが元気を取り戻すことは無かったのだ。


「あんときはホント色々苦労させられたわよ。無理やり外に引っ張り出したり町に連れて行ったりしてね。ま、良くも悪くも単純だからセイランさんが登場した途端ケロリとしちゃってかなりムカついたけど…安心もしたわ」

「問題なのは今回もあのときと似ている気がするんだよなあ…まあ詳しくは聞けてないからわからないけど。あの落ち込み具合だとセイランさんのときと同じように『裏切られたような別れ方』をしたのかもな…」


 と、彼らが不意に村の光景に目線を移す。

 焼け焦げた柵や納屋。炭化した木々。村は昨日までとは打って変わって、まるで別の光景に代わっていた。

 しかし、村は早くも修繕作業に取り掛かる村人たちによって活気に湧いている。

 

「年寄りばっかだけど、村の皆はもうこんなにも元気出してるのよね。たくましい限りだってのに…ホント、ソラってば一人で何落ち込んでんだか…」

「そう言うレイラはロゼが居なくなったってのに案外落ち込んでないんだな」


 カムフの言葉にレイラは僅かに顔を顰める。


「わたしだって…ショックはショックよ。けど突然のこういう別れ方にショックなだけであって、いつか別れるって解ってはいたから」


 そう言って彼女は近くに転がっていた小石を蹴っ飛ばした。小石は何処か遠く、畑の向こうへと飛んでいく。


「そうよ。解ってたことじゃない、ロゼとだって別れは来るって。なのにソラがあんなに落ち込むなんて……あんなにロゼのこと気に入ってたなんて思わなかったから…こっちの感情云々よりも、そっちの理由で驚かされてるって感じ」

「おれも…レイラと同じかもな」


 遠くに消えて行った小石を見つめ、目を細めながらカムフはそう言った。

 

「とにかく。先ずはソラの様子を見て慰めるなり励ますなりしないとさ」

「そうね。じゃないと村も真に活気づいたって言わないもの」


 その言葉にキースも深く頷く。

 そうして三人はソラの家へと向かう途中の道まで辿り着いた。

 ―――そのときだった。





「―――あ、三人ともどうしたの? もしかして差し入れ?」


 清々しい顔付きで姿を現したのはソラだった。


「元気じゃん!」

「元気なのかよ!?」


 二人の突っ込みは遠く空の彼方にまで轟いた。







   

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