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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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75項

      







 ロゼと灰燼の怪物(グリート)の戦いはまさに刹那のような速さで決着がついた。

 だがそれで全てが終わったわけではない。

 灰燼の怪物(グリート)が放った炎は周囲の木々を焼き払い、ゆっくりと燃え広がり続けていた。


「ロ、ロゼ…」


 何とか絞り出せた声。ソラは雑木林があった方向を見つめる。

 ロゼの姿はその火中にあった。

 風の(バリア)によって彼自体は無事のようだったが、何故かロゼは一向にそこから動こうとしなかった。


「ロゼ…!」


 髪の色が変わったせいか、まるで全くの別人のように見えてしまう横顔。

 もしかするとこの名前すら間違っているのではと戸惑いながらも、ソラは彼の名を叫んだ。

 が、ソラが動き出そうとする前に、先にロゼが動いた。

 彼はおもむろにその掌を上空へと向けて振り上げる。

 先ほどもそうして掌を翳した後、どこからか突風が巻き起こったとソラは思い返す。

 一体何をするのかとソラが怪訝そうに見つめていると、間もなくして。

 ポツリ、と鼻先に何かが当たった。

 ソラは上空を見上げる。


「雨…」


 ポツポツと振り始めた雨はすぐさまどしゃ降りに変わった。

 降りしきる雨は徐々に森林の火災を、村の火災を鎮めていく。


「予想では明日頃って聞いてたのに…」


 辺りは焦げた臭いと同時に、土の匂いも交じり合い始める。

 まさに偶然という名の奇跡だ。村人や皆はそう思うことだろう。

 だが、ソラはそう思わなかった。非日常なこの光景を目の当たりにした今となっては、偶然では片付けられなかった。


「これも…もしかしてロゼが―――」


 と、気付けばそこにロゼの姿はなかった。

 いつの間にか何処かへ行ったのだとソラは瞬時に察した。


「ロゼ…!!」


 思わずソラは立ち上がり、彼を追いかけて急いで森の奥へと駆けていく。

 激しさを増す雨の向こうへ、ソラの姿は消えていった。








 シマの村人たちは『ツモの湯』へ続々と避難していた。

 村人一人も大きな怪我もなく、奇跡的に無事のようだった。


「一体どうしてこんなことに…家は無事かのう…」

「何が起こったんじゃ…」

「家に大事なものを忘れてきたんだけど…取りに行っちゃだめかい?」


 様々な声を上げる村人たち。

 カムフたちに返答を求める声もあったが、彼らも状況が呑み込めずに困惑するばかりだった。


「とにかく! アマゾナイトに緊急通信はしました! 直ぐに来てくれると思うのでそれまではここで待機しましょう!」

「そうは言っても本当にこの旅館は安全なのかい!?」

「こんなところにいるくらいなら川の下流へ避難した方が良くないか?」


 宥めようにも不満と不安の声は続々と上がりカムフを責め立てる。

 段々とカムフもまた焦りと困惑で言葉が詰まり、顔を俯かせる。

 その時だ。声を張り上げたのはレイラだった。


「じゃあこうしましょう! 足腰の悪いおじいちゃんおばあちゃんたちは避難用の道具を荷車へ乗せる係!」

「足腰が悪いのにかい…?」

「で、他の男連中は旅館に近いところから消火活動する係!」

「水は何処から持ってくるんだ?」

「…私たち女性陣が旅館裏手の小川からバケツリレーして運んでくるから! それ使って消火!」

「そんな…女でって言ってもそこまで大勢いるわけじゃないだろ?」


 彼女の提案はことごとく反論されたが、鶴の一声で静めた。


「いいのいいの! やらないならやらないで文句言うんだから…だったら今やれるだけのことをやるのよ!!」

「…ソラみたいなことを言う…」


 ポツリと呟いたカムフは直後、レイラに背中を思いっきり引っ叩かれた。


「ほら! さっさとやる! やるわよ!」


 強引に、押し出されるように村人たちは各々動き出すべく旅館の外へと向かう。

 そんな彼らに甲高い声を上げ続け、鼓舞し続けるレイラを見つめカムフは小さく頭を下げた。


「ごめんレイラ…本当はこういうときおれの方が動くべきなのにな」

「ホントそれ! こういうときはいっつもソラが勝手に動いて、わたしが仕方なく追いかけて…それに屁理屈並べて皆を動かすのがアンタの役目だってのに!」

「屁理屈って…」


 と、もう一回。レイラはカムフの背を叩く。

 先ほどとは違い、少しばかり優しめの一発。


「まあ今回はわたしに任せて…カムフは違う仕事をお願いするわ」

「違う仕事?」

「アマゾナイトを急いで連れて来るのよ。ちんたら歩かれてたら困るもの」


 そう言ってレイラは真剣な眼差しで窓の向こうを一瞥する。

 今だ遠く夜空の向こう―――木々の奥から覗く赤い火の手。

 思わず目を細めるカムフに、レイラは言う。


「カムフだって気付いてるでしょ? どう考えてもこの火事って不自然じゃない?」

「まあ…今までも山火事はあったけど…湿気の多いこの時期には可笑しいかなって思うな」


 思案顔を浮かべながらカムフは答えた。

 可笑しいのはそれだけではない。

 それほどの強風が吹いているわけでもないというのに、火の手の広がり方が想像以上に速いように思えたのだ。


「……わかった。おれはアマゾナイトを迎えに行ってくる。獣道を通れば少しは早く着けるだろうし。ただし、無茶なことだけはするなよ、二人とも」

「わかってるわよ」


 そう言って勝気な笑みを浮かべるレイラ。隣にいたキースも力強く頷いて返した。

 そんな二人を背にしてカムフは旅館を飛び出し、道なりに駆け出した。







     

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