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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
323/361

73項

      







 生まれて初めて見た光景。

 炎を生み出し放つ人間。おとぎ話や伝承のような本の中でしか聞いたことのなかったその光景にソラは呼吸も忘れるほどで。

 そんな、まさに怪物と呼べるような(グリート)から、ソラは死の宣告を受けようとしていた。


「いっそ『鍵』ごと一瞬で燃えクズにしたるわ―――」





 死を覚悟し、力強く目を閉じるソラ。

 ―――だが。それよりも早く。

 突如灰燼の怪物(グリート)目掛け、炎を纏った風が吹き荒れた。


「な、何っ!!?」


 流石の怪物も驚きを隠せず炎の風を喰らう寸でで飛び退き、その勢いの余り横転していく。





「……貴方の相手は私でしょ。彼女に手を出すつもりなら私を倒してからにしなさい…?」


 その声が聞こえてきた、次の瞬間。

 凄まじく燃えていたはずの炎の柱が、一瞬にして消し飛んだ。

 それはまるで吹き消されたロウソクのように、瞬く間の出来事だった。


「ロゼッ!!」


 かき消された炎から姿を現したロゼは不思議なことにほぼ無傷の状態でいた。

 彼を中心に渦を巻いている風が守ったようにソラは見えた。

 ()()とは到底思えない、事あるごとに、唐突に現れる風。風。風。


(さっきもそうだし…ロゼと出会ったときも、風が…吹いていた……)


 ふとそう思いながらソラは視線をロゼの掌へと向ける。

 彼もまた、どういうわけか灰燼の怪物(グリート)と同じようにその掌を宙へ翳していた。


「あ~…なるほどなあ。ロゼっちゅうたか? あんさん只者(ただもん)やない思うたら…そういうことかいな」


 困惑するソラを後目に灰燼の怪物(グリート)は一人状況を飲み込み、その場から飛び起きるなり喉の奥をクツクツと鳴らして笑った。


「風を生み出す異能力者(エナ使い)―――同じ穴の狢っちゅうわけか」

異能力者(エナ使い)…?」


 何処かで聞いたことのあるような単語にソラは首を傾げる。

 一方でロゼは『同じ穴の狢』という言葉が引っかかったようで。顔を顰めながら反論した。


「同じ穴の貉…? その言い方は不愉快ね。私は貴方のような醜い暗殺者なんかじゃないわよ」


 再度対峙する二人。

 灰燼の怪物(グリート)が構えたその掌は炎を纏い。

 片やロゼが構えるその掌は風を纏っている。


「皮肉もそこまでやで? この状況……炎使い(オレ)風使い(あんさん)とじゃあどう見てもあんさんが分が悪いやろ!!」


 直後、灰燼の怪物(グリート)は自身の腕で渦巻いていた炎を爆ぜさせた。

 まるで花火のように爆風のように。爆ぜた炎は周囲の木々へと燃え移っていく。

 ソラやロゼにもその爆炎は直撃した。

 はずなのだが、どうやらロゼが風の力で相殺したようだった。


「な、何が起こってるの…?」


 一人この異常事態を理解出来ず、ソラは言葉少なげに静観する。

 こんな状態ではとても加勢など出来るわけもないのだが。それでも、このまま逃げるという選択肢は彼女にはなかった。


「ソラ…」

「ロ、ロゼ…?」


 と、ロゼの碧い双眸がソラのものと重なる。

 先ほどまで見せていた真剣な表情とは違う、穏やかな微笑み。

 ロゼはゆっくりとソラのもとへ近付いた。


「え―――」


 ロゼの手が優しく、ソラの頬に触れた。

 ここまで間近に見た彼の顔は初めてで。ソラの全身が、逆上せたように火照っていく。

 ドキドキと、先ほどまでとは別の鼓動の高鳴りを感じるソラ。

 するとロゼは突然、ソラを抱きしめた。


「な、な……!?」


 ロゼの腕に抱き寄せられ、ソラは驚きの余り言葉を失う。

 こんな状況で。

 突然、どうして。

 そんな疑問も声には出せず。

 パニックで顔を真っ赤にさせて呆然としてしまっているソラを他所に、ロゼはゆっくりと、その抱擁を解いた。


「―――ごめんなさい。『鍵』は返してもらうわね」


 そう言ってロゼは、優しく、切なげで哀しみを帯びた顔をする。

 彼の手には、何故かソラが付けていた(ペンダント)が握られていた。


「え…え…?」


 先程のやり取りにロゼはいなかった。立ち聞きされていたとも思えない。

 そんなロゼが何故『鍵』を知っており、ましてや『(それ)』を取ったのか。

 ソラは尋ねようとしたかったが、上手く言葉が出ず。

 立ち上がることすら忘れて、彼女は呆然としたままロゼを見つめていた。


「…これを羽織っていなさい。エナが縫い込まれた特注品だから…炎から身を守ってくれるはずよ」


 ロゼはそう言うとソラに自身の羽織っていた黒色のコートを被せた。

 それはまるで、これからソラを守る余裕などなくなる。守ってあげられなくなるんだと、言っているようで。

 ソラは思わずロゼを掴もうと自分の手を伸ばす。


「あ…」


 が、彼を掴むことは出来ず。

 ロゼは怪物と対決するべく去っていってしまった。

 彼の背を見つめながら、彼女の手は宙を掴んだままに終わった。







     

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