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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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68項

     







 ソラは無我夢中で駆けていた。

 目的地に近付けば近付くほど、周囲は木々が燃える臭いと熱気に覆われていく。

 恐怖で足が竦みそうになる。震えも出ていた。

 だが、それは火災による恐怖ではなく。父が無事であるかどうかへの恐怖だった。

 小さい頃に亡くなってしまった母。王都へと行ってしまった兄。

 そのうえ父まで失ってしまうかもしれないということが、ソラは堪らなく怖かった。

 そんな怖さを紛らわすように、ソラはがむしゃらに駆け続けた。




 

「よかった…まだ燃えてない…!」


 熱と煙たさを感じながらも辿り着いた先。

 林道の隙間から臨むソラの自宅は何一つ燃えた様子はなく、無事であった。

 家族との思い出が詰まった場所も、兄に託された謎の木箱も。そして父も―――。


「―――父さんッ!!」


 安堵したのも束の間。

 家の前では地面に伏している父の姿があった。


「大丈夫…!?」

「ソラ…」


 急ぎ駆け寄るとソラは倒れていた父の身体を起こした。怪我をしている様子はない。が、全身土埃に塗れていた。

 父は「どうして来たんだ」と言いたげな顔でソラを一瞥した後、前方を睨んだ。

 釣られるようにソラも父の視線を追う。

 すると二人の目の前には見たことのない男が悠然と、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「だ、誰…!?」


 思わず、虚勢を張って強気に尋ねるソラ。

 男はニヤリと笑いながら言った。


「もう少しいたぶってから探そ思っとったけど…向こうからちゃんと来てくれるなんて、ええ娘さんやなあ?」


 瞬間的にこの男がこの状況(火災)の元凶だと、ソラは感じ取る。

 目深に被った真っ赤なニット帽でせいで目元こそ確認出来ないが、男は笑みとは真逆の悍ましい殺気を放っていた。


「父、さん…」


 困惑するソラを庇うように、父は両手を広げ娘の盾となる。


「お前の探し物は此処にある!」


 そう言うと父は懐から手のひらサイズの木箱を取り出した。


「あ…!」 


 紛れもないそれはソラが兄から託されたはずの木箱―――『鍵』と思われるものだった。

 薄々、ソラも男の正体には勘付いていた。

 なにせ、目の前の男は以前ソラを襲った二人組と同じ真っ黒な外套を羽織っていたのだから。

 ならばこの男もまた『(おなじもの)』を狙ってきたのかもしれない。と。


「はあ!? なんやねん、その『鍵』おっちゃんが持っとったんかい。せやったらさっさとおっちゃんをやっときゃあ良かったわ」


 陽気に語るその口振りはまるで世間話でもしているかのようで。だが、男から未だその殺気は消えそうにはない。

 困惑するソラを後目に父は躊躇うことなく木箱を男に向けて投げた。男はそれを受け取る。


「父さん…どうしてそれ、『鍵』、隠してたはずなのに……っていうか、あたし、そのこと何にも話してないのに……」

「すまない、ソラ…」


 その謝罪が何を意味するのか、ソラは直ぐに察してしまった。

 『鍵』を託されたあの日―――あのときの兄も同じ言葉を言っていたことを、ソラは思い出した。


『ソラ。本当に、すまないな』


 同時にソラは兄は人を欺く(おどろかす)ことが得意であること。そのためならばときに()()()でさえ何も明かさず利用する人だということも思い出した。


「父さんも、『鍵』のこと…知ってたの…?」


 恐る恐る尋ねるソラに、父は黙って頷いた。


「……事情はよお知らんけど、つまり嬢ちゃんは自分の親父らにうまーく踊らされとったってことかいな? 可哀想にのう…」


 動揺のあまり閉口するソラへ、心にもない同情を投げかける男。

 だが、ソラとしては兄や父に騙され利用されることなど気にも留めていなかった。むしろ自分を騙してでも頼ってくれることを光栄に思っているくらいだ。

 ソラが許せないのは、ただ一つ。

 兄との約束を守れず『鍵』を奪われてしまったことだった。


「…う、うるさいっ! アンタに同情なんかされたくない!」

「おーおー、血の気の多い女は怖いわ」


 ソラは男の殺気に負けじと威勢よく叫び、睨みつけた。

 しかし、『鍵』を取り返そうと前のめりになるソラを、父が慌てて制す。


「落ち着けソラ! 奴は『灰燼の怪物』と巷で呼ばれている暗殺者だ! 迂闊に挑発に乗っては駄目だ…!」

「ああ! ()ーとくけど『灰燼の怪物』なんてけったいな名前付けたんはオレやないで? ホンマは『グリート』()名前もあるんやけど、いつの間にかそう呼ばれとってな。まあ別にそこまで嫌っちゅうわけでもあらへんけどな…」


 陽気に語る口振りとは裏腹に歪な笑みを浮かべる灰燼の怪物(グリート)と呼ばれた男。

 彼は手に入れた『鍵』の木箱をポンポンと手のひらで軽く弄びながら言う。


「それにしてもなあ……正直アンタにはガッカリやで、なあ――—英雄のダスク・ルーノ()()()さん…?」


 灰燼の怪物(グリート)の言葉に父―――もといダスクは顔を顰めた。







     

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