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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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65項

    








「―――ったく。直ぐに些細なことでケンカするんだもんなあ」


 呆れた、というよりは何処か投げやりな言い草でそう注意するカムフ。彼はしおらしくするソラとレイラに背を向け、明日の仕込みを再開する。

 どうやら多忙ゆえに余裕がなかったようで。カムフから灸を据えられたのは久しぶりのことだった。


「ソラのせいよ」

「レイラが笑うから」


 と、互いに責任を擦り付けあいつつもケンカまではせず、ソラとレイラは大人しく洗ってきた野菜を台の上に並べていく。


「ウミ=ズオって言えば……わたしも気になることがあるんだけど…」


 暫くして口を開いたのはレイラだった。


「ロゼってウミ=ズオの二代目なんでしょ?」

「うん。そう聞いたけど」


 ソラは淡々と作業をこなしながら、耳を傾ける。


「それじゃあ、やっぱりいつの日かこの村を出ていっちゃうってことよね」


 ピタリと、無意識のうちにソラの手が止まる。

 一瞬だけ強張る表情。だが、直ぐにソラはいつも通りの顔色に戻して言う。


「そりゃあ冒険譚なんて書く人なんだし、いつかはどっかに旅立っちゃうんじゃないの? 別にあたしたちには関係ない話だからいいけどさ」


 平然を装ってこそいるが、ソラの内心は穏やかではなかった。


(そうだよ、だってしょうがないじゃん冒険家なんだし。そもそも他所者だったんだし、嫌な奴だったんだし……でも…でも…)

 

 心の中で渦巻く感情は出会った当初とは全く真逆のもので。

 そんな感情を抱くことになるとは、まさかのソラ自身も全く思ってはおらず。動揺していた。


「そもそも、どうしてこんな村にやって来たのか謎よね」

「それはあたしも思ってたよ」

「何か訳ありな感じもするけど…まあ聞くのは野暮よね。それに見た目はああだけど、案外良い人だったし…居なくなったらなったで、なんか寂しくなるわね」

「うん、そうだね」


 口早に話しかけるレイラに、ソラも淡々と返す。


「旅立つとしたら次は何処に行くのかしら…カムフは聞いてる?」

「いやあ? 聞いてないなあ…そもそも別の地に行くって話自体全然話してくれないからな」


 華麗な包丁捌きを見せながらカムフは答える。


「だとしたらわたしたちの方が先に帰ることなりそー。あーあ…また会えるのかしら…けどわたしたちってロゼのことなんも知らないし…このままじゃあずっと会えなくなりそうよね」


 ため息交じりに嘆くレイラ。

 その言葉にソラは徐々に苛立ちと不安を募らせていく。


「ねえねえ、今度いつ何処へ旅立つのかってソラ聞いてみてよ」

「な、なんであたしが? 別に関係ない話だって言ってんじゃん」


 そう言うとソラは逃げるように籠を持って食堂の外へと出ていく。


「ちょっと! 逃げなくてもいいじゃない」

「次の野菜洗いにいくの! 喋ってるヒマなんてないない!」


 と、言うのは建前だった。

 本当は、ソラは考えたくなかったのだ。

 ロゼがこの村から、目の前から居なくなってしまうことを。

 今の日常からロゼが居なくなってしまうことに、ソラは恐ろしいくらいの寂しさを抱いてしまったのだ。


(だって、しょうがないじゃん。あたしにとってロゼはもう―――他所者じゃなくなっちゃったんだもん)


 そして、こんな考えをしている自分(ソラ)自身に対しても苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 ソラはモヤモヤとした感情を振り払うかのように、無我夢中で小川へと駆けていった。






 用意されていた食材の洗浄が終わった後、ソラとレイラは村のおばちゃんたちと共に野菜を切っていた。

 そんな二人のもとへロゼとキースが戻って来たのは昼過ぎのことだ。


「ああ、ありがとうございますロゼさん。昼食はそっちの方にパンとスープを用意しているんで、適当に食べちゃってください」

「そう? それじゃあ一足先にいただくわ」


 ロゼはそう言うと花かごを別の村人に託し、昼食を取るべく食堂の奥へと向かう。

 が、その間ソラとレイラは彼へ一言も話しかけることも出来ず。互いに小突き合うだけだった。


「ちょっと…なんで話かけないのよ?」

「レイラだって…!」


 ロゼに聞こえないよう囁き合い睨み合う二人。

 そんなひそひそ話をしている二人を見かけ、ため息交じりに近付いてきたのはカムフであった。


「寂しい気持ちはわかるけど、そんな直ぐにお別れするわけじゃないだろ。むしろ話せるうちに話しとかないと後悔するぞ?」


 最もな意見であったが、その単語が良くなかった。

 二人は顔を真っ赤にして即座にかぶりを振った。


「誰が寂しいなんて言った!?」

「誰が寂しいなんて言ったのよ!?」


 声を併せて怒鳴る二人。こういうときばかりはとても気が合うのだ。

 とんでもないとばっちりを喰らい、カムフは苦く笑うことしか出来なくなる。

 と、そんなカムフを優しく慰めてくれたのはキースだけであった。

 しかし彼の一言が火に油だったのか、余計に感情を拗らせてしまったようで。

 ソラとレイラはその後もロゼに話しかけることはせず。

 ロゼもまた思いつめたように無言のまま、昼食を取り終えると何処かへと姿を消してしまったのだった。







    

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