65項
「―――ったく。直ぐに些細なことでケンカするんだもんなあ」
呆れた、というよりは何処か投げやりな言い草でそう注意するカムフ。彼はしおらしくするソラとレイラに背を向け、明日の仕込みを再開する。
どうやら多忙ゆえに余裕がなかったようで。カムフから灸を据えられたのは久しぶりのことだった。
「ソラのせいよ」
「レイラが笑うから」
と、互いに責任を擦り付けあいつつもケンカまではせず、ソラとレイラは大人しく洗ってきた野菜を台の上に並べていく。
「ウミ=ズオって言えば……わたしも気になることがあるんだけど…」
暫くして口を開いたのはレイラだった。
「ロゼってウミ=ズオの二代目なんでしょ?」
「うん。そう聞いたけど」
ソラは淡々と作業をこなしながら、耳を傾ける。
「それじゃあ、やっぱりいつの日かこの村を出ていっちゃうってことよね」
ピタリと、無意識のうちにソラの手が止まる。
一瞬だけ強張る表情。だが、直ぐにソラはいつも通りの顔色に戻して言う。
「そりゃあ冒険譚なんて書く人なんだし、いつかはどっかに旅立っちゃうんじゃないの? 別にあたしたちには関係ない話だからいいけどさ」
平然を装ってこそいるが、ソラの内心は穏やかではなかった。
(そうだよ、だってしょうがないじゃん冒険家なんだし。そもそも他所者だったんだし、嫌な奴だったんだし……でも…でも…)
心の中で渦巻く感情は出会った当初とは全く真逆のもので。
そんな感情を抱くことになるとは、まさかのソラ自身も全く思ってはおらず。動揺していた。
「そもそも、どうしてこんな村にやって来たのか謎よね」
「それはあたしも思ってたよ」
「何か訳ありな感じもするけど…まあ聞くのは野暮よね。それに見た目はああだけど、案外良い人だったし…居なくなったらなったで、なんか寂しくなるわね」
「うん、そうだね」
口早に話しかけるレイラに、ソラも淡々と返す。
「旅立つとしたら次は何処に行くのかしら…カムフは聞いてる?」
「いやあ? 聞いてないなあ…そもそも別の地に行くって話自体全然話してくれないからな」
華麗な包丁捌きを見せながらカムフは答える。
「だとしたらわたしたちの方が先に帰ることなりそー。あーあ…また会えるのかしら…けどわたしたちってロゼのことなんも知らないし…このままじゃあずっと会えなくなりそうよね」
ため息交じりに嘆くレイラ。
その言葉にソラは徐々に苛立ちと不安を募らせていく。
「ねえねえ、今度いつ何処へ旅立つのかってソラ聞いてみてよ」
「な、なんであたしが? 別に関係ない話だって言ってんじゃん」
そう言うとソラは逃げるように籠を持って食堂の外へと出ていく。
「ちょっと! 逃げなくてもいいじゃない」
「次の野菜洗いにいくの! 喋ってるヒマなんてないない!」
と、言うのは建前だった。
本当は、ソラは考えたくなかったのだ。
ロゼがこの村から、目の前から居なくなってしまうことを。
今の日常からロゼが居なくなってしまうことに、ソラは恐ろしいくらいの寂しさを抱いてしまったのだ。
(だって、しょうがないじゃん。あたしにとってロゼはもう―――他所者じゃなくなっちゃったんだもん)
そして、こんな考えをしている自分自身に対しても苛立ちを覚えずにはいられなかった。
ソラはモヤモヤとした感情を振り払うかのように、無我夢中で小川へと駆けていった。
用意されていた食材の洗浄が終わった後、ソラとレイラは村のおばちゃんたちと共に野菜を切っていた。
そんな二人のもとへロゼとキースが戻って来たのは昼過ぎのことだ。
「ああ、ありがとうございますロゼさん。昼食はそっちの方にパンとスープを用意しているんで、適当に食べちゃってください」
「そう? それじゃあ一足先にいただくわ」
ロゼはそう言うと花かごを別の村人に託し、昼食を取るべく食堂の奥へと向かう。
が、その間ソラとレイラは彼へ一言も話しかけることも出来ず。互いに小突き合うだけだった。
「ちょっと…なんで話かけないのよ?」
「レイラだって…!」
ロゼに聞こえないよう囁き合い睨み合う二人。
そんなひそひそ話をしている二人を見かけ、ため息交じりに近付いてきたのはカムフであった。
「寂しい気持ちはわかるけど、そんな直ぐにお別れするわけじゃないだろ。むしろ話せるうちに話しとかないと後悔するぞ?」
最もな意見であったが、その単語が良くなかった。
二人は顔を真っ赤にして即座にかぶりを振った。
「誰が寂しいなんて言った!?」
「誰が寂しいなんて言ったのよ!?」
声を併せて怒鳴る二人。こういうときばかりはとても気が合うのだ。
とんでもないとばっちりを喰らい、カムフは苦く笑うことしか出来なくなる。
と、そんなカムフを優しく慰めてくれたのはキースだけであった。
しかし彼の一言が火に油だったのか、余計に感情を拗らせてしまったようで。
ソラとレイラはその後もロゼに話しかけることはせず。
ロゼもまた思いつめたように無言のまま、昼食を取り終えると何処かへと姿を消してしまったのだった。




