61項
顔を洗い終えたロゼは一旦部屋へと戻り化粧をし直した後、食堂に向かった。
するとそこには朝食を食べ終わったソラたちがいつものようにワイワイと騒いでいた。
「あ、ロゼ! 丁度良いとこに来た!」
「丁度良いとこ?」
疑問符を浮かべるロゼを他所に駆け寄ってきたソラとレイラは彼をテーブルの傍へと引っ張っていく。
半ば強引に腕を引かれ僅かに眉を顰めるロゼであったが、テーブルに並ぶものを見ては表情を変えた。
「ロウソク? それに随分と古い燭台ね」
不意に目の前にあったロウソクを手に取る。燭台も充分年代物であるが、ロウソクの方も随分と使い込んでいるようで。指先サイズもないほどに縮んでいた。
するとロゼの疑問にロウソクや燭台を木箱から取り出しながらカムフが答える。
「ずっとずっと昔から使い続けてる代物ですからね」
「これからのご時世的にはエナランプでも良いと思うけど」
「こういうのを風情があるって言うんじゃん。これだから都会っ子は…」
続けてレイラとソラもそう話すが、ソラの言葉が癪に触ったレイラは青筋を立てながら彼女を睨んでいた。
「それで? この大量のロウソクをどうするの?」
二人が定例のケンカを始めるより早く、ロゼがため息交じりにそう尋ねる。
するとソラは今にも飛び掛かってきそうなレイラをすり抜け、ロゼに食指をつき立てながら答えた。
「もっちろん…女神送り祭に使うんだよ!」
「明日祭を行うことになったって、さっきじいちゃんから聞いたんで。それで急いで祭の準備をしようってことになったんです」
「女神送り祭ね…もうそろそろやるとは聞いていたけれど、随分と急に始めるのね」
ロゼの言葉にカムフは苦笑交じりに窓を一瞥しながら言った。
「実はこの祭ってすんっごーく! 天候に左右されるんですよ。でもって、天候予想が得意なヤギ飼いのおじさんの話では、明日頃には嫌な雲が迫ってくるんじゃあないかってことなんで。まあ本当は今日祭りを行う方が良いって話だったんですけど…それじゃあ流石に急過ぎるからって、明日の夜に行うことが決まったらしいです」
カムフはそう説明しつつ忙しなく何処からともなく重ねられた大皿を引っ張り出してくる。
その一方でソラやレイラは木箱いっぱいに入った野菜を手際よくテーブルへ並べ始めていた。
「女神送り祭ってもしかして…大食い大会でもしているの?」
どう見てもそれは祭の支度と言うよりは調理の支度であった。
その証拠にロゼがしかめっ面を浮かべている間にも次々と村人たちが食材を食堂に運んで来ていた。
「まー似てるっちゃ似てるけど、これは前夜祭の準備だよ」
「夜の本祭に備えて、それまでは飲んで食べてのどんちゃん騒ぎ! って言うのが祭の習わしなんですよ」
「けどまあ…大体の大人たちは本祭の頃には酔っ払っちゃってるから、儀式自体は毎年子供たちが行うって感じなのよね」
ため息交じりに目を細めるレイラ。彼女の視線の先にはこれまた次々と運ばれてくる酒樽の山があった。どうやらこれらは村人たちが持ち寄ってきた酒らしく。毎年、この祭のためだけにここまで蓄えているのだと、レイラは付け足す。
そんなレイラに続くように、ロゼも目を細めつつ言った。
「確かに…この量を飲んで食べていたら泥酔もするでしょうね…」
呆れて思わず零れるため息。
そんなロゼを見たソラは焦った様子で「けどさ!」と言葉を挟んだ。
「祭自体はホントにすごく綺麗なんだから! この前も話したと思うけど…蛍の舞う夜の川にさ、沢山の花が流されていく光景とか…すっごい神秘的っていうか、すっごく幻想的なんだよ!」
やや興奮気味に語るソラに対し、レイラは挑発的ににやっと笑いながら彼女のわき腹を小突いた。
「幻想的だなんて…ソラも案外ロマンチストよね~。ウミ=ズオに対してはあんなに否定派なのに」
「あ、アレはアレ! ソレはソレでしょ!」
と、次の瞬間には二人は両手を組んで取っ組み合いの一歩手前状態になっていた。
本当に手が出てしまわないかとオドオドしながらソラと姉を見守るキース。
だが二人の怒声が聞こえるや否や、急いですっ飛んできたカムフによってケンカが仲裁された。
「はいはいはい! せっかくの祭の前なんだから今は止め止め。ケンカは祭の最中か後にしろよな。な?」
語気がいつもより強めなのは祭の準備が忙しいことも相まってなのだろう。
なにせカムフは祭の調理を全て任されており、今からほぼ一人で仕込みを始めなくてならない。ただでさえ明日にはもう祭が始まってしまうというのに、だ。
「本当に…話に聞いていた通り、とても騒がしい祭なのね」
ロゼはそう呟くと人知れず微笑んだ。




