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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
309/360

59項

    







 旅館の裏手を流れる小川は僅かに温泉成分が含まれているらしく、他の川よりも若干ぬるめに感じた。

 ロゼは両手でその水を優しく掬い取る。

 そしてその濃い口紅を濯ぐかのように、顔を洗う。

 と、そのときだった。


「―――アマゾナイトのお偉いさんが他人(ひと)の水浴びを覗き見とは良い趣味ね」


 そう言ってロゼは顔を洗う手を止めた。

 間もなくして、一人の男が草陰から姿を現した。


「そ、そんなわけがなかろう! 巡回がてら貴殿らに報告があってだな…宿の者に声を掛けるつもりで、偶然に! 此処を立ち寄ったまでだ」


 ふうん。とだけ返しロゼは構わず洗顔を続ける。


「巡回がてら…と言うよりは()()の方が主用なんじゃないの? アマゾナイトのジャスティン・ブルックマンさん…?」

「うぅぐっ……あのなあ、私はアマゾナイト南方支部総隊長補佐官、ジャスティン・ブルックマンだ!」

 

 図星を突かれ言葉を噤むが、すぐさま彼はふふんと鼻息を荒くしながら肩書きを訂正し直す。


「…それで? ()()総隊長補佐官がわざわざ足を運ぶほどの報告って何かしら?」

「それは貴殿だけに話すわけにはいかないだろう。あの…当事者の少女を呼んでもらえないか?」

「だったら私が代わりに彼女へ伝えておいてあげる。貴方だって忙しい身の上でしょうし、早く用事は済ませたいでしょう?」


 そう言われると反論は出来ず、暫く思案顔を浮かべるジャスティン。

 彼は考えた挙句、眼鏡を押し上げながら答えた。


「…ああ、なるほど。貴殿が少女を二度助けたという例の人物か。ならば…代表して聞いて貰っても差し支えはない。ということか」


 ロゼは岩場に置いてあった手ぬぐいで濡れた顔を拭く。その化粧は濯がれたことによってすっかりと落ちてしまっているが、彼は構わずジャスティンの話に耳を傾ける。


「では…単刀直入に言おう。かの有名な殺人鬼―――灰燼の怪物(グリート)がこの近辺で不穏な動きをしているとの報告を受けた」


 直後、ロゼは目を細めた。

 

「奴は事件こそド派手に犯してくれるが、前後の動向は恐ろしく目立たずその上どんなに追手を差し向けても全く足が付かない……が、確かな情報筋によると二、三日前に南方都市(ユキノメ)で奴らしき人物が目撃されたとのことだ」

灰燼の怪物(グリート)の不穏な動向については解ったわ。けど、どうしてそんな危ない人物がこんな辺鄙な村にまでやって来る…なんて思うのかしら…?」

「―――『()』が原因なんだろう? そしてその『()』とやらを……あのソラ(少女)が隠し持っている」


 更に眼光鋭くさせ、ロゼはジャスティンを睨んだ。

『鍵』という存在については、アマゾナイトには一切言わなかったし伝えなかったとソラたちから聞いていたからだ。


「しかしだな、生憎とこの程度の情報と憶測だけではこの村の警備数を増やすことも流石の私にも出来ん。ならば、いっそのことその『鍵』を此方で預かり管理したいた方が手っ取り早いと思い、こうしてわざわざ私が直接足を運んだ次第なのだが…」

「断るわ」


 そう即答しながら二の腕を組むロゼ。

 睨み付ける双眸はまるで剥き出しの刃のように敵意剥き出しであるが、落ちた化粧の下から表れた素顔からは美青年らしい見目麗しさを醸し出している。


「いくらアマゾナイトのお偉いさんとはいえ…あの子たちが一言も言っていないはずの『鍵』という言葉を知っている時点で貴方を信用なんて出来るわけないでしょう? それに…仮に信用出来る人物だとしても、あの『鍵』は誰にも渡さないわ」


 相手がアマゾナイトと知りながらも見せる気迫。

 身構えてこそいないが、今すぐにでもジャスティンへ飛び掛かりそうな勢いであった。

 と、そんなロゼの敵対心に反してジャスティンは突然破顔すると、おもむろに両手を挙げた。


「そう睨むな……すまんすまん。少々貴殿を確かめさせて貰っただけだ」

「確かめる…?」

「お前も()()()と繋がっている、ということをな」


 ロゼは一瞬だけ、瞳を見開く。その一瞬をジャスティンは見逃さなかった。

 己の推察が確信へと変わったジャスティンは、ここぞとばかりにふんぞり返って笑う。


「フン、やはりそうだったか! 流石この私の推察力だろう?」

「……お前も、と言うことは…貴方も()に良いように踊らされている口でしょうに」


 それまでがっはっはと笑って見せていたジャスティンだったが、ロゼの指摘を受けるなり口をへの字に曲げて拗ねた。

 






    

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