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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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58項

    







 ソラがシマの村で起こった過去の事故について語ったあの夜から、更に一週間が経過した。

 この日の朝も、ソラはすっかりいつもの日課となっている剣の稽古をロゼにつけて貰っていた。

 

「―――あのさ、あたしさ、少しは強くなったかな…?」


 稽古にひと段落がつくなりソラは額に汗を滴らせ、息を荒くしながらロゼに尋ねる。

 ここ最近は基礎体力作りとは別に『ロゼへ一太刀でもいいから与える』という実戦的な稽古も取り入れていた。

 だが、しかし。未だに一太刀どころかソラの木刀がロゼの髪の毛を掠めることさえ出来ずにいる。


「まだまだ…稽古を始めて半月そこいらよ。そんな単純に強くなれるものじゃないわ。けどまあ…今後も鍛錬を怠らなければ可能性はあるんじゃないかしら?」


 程よい疲労感に息を切らしているソラの一方で、ロゼはというと汗一つ見せず平然とした顔で立っている。

 その派手な外見からは見えない彼の実力は、日に日にソラの自信を喪失させていて。彼女は深いため息を吐きながら近くの丸太に座った。


「ちぇー…まだまだかあ…もっと筋力とか付けた方が勝てるのかな…?」

「それもあるけど、たまに攻めの際に迷いがあるから素早い判断力と…もう少し素直な気持ちがあるといいかもしれないわね」

「素直な気持ち…?」


 ロゼは自分の分の木刀を近くの岩場に立てかけつつ言う。


「絶対に『勝つんだ』って意気込み…って言った方が貴方にはわかりやすいかしらね。さっきの迷いもそうだけど、そもそも変に考え過ぎなのよ。最初の頃はもっと獣かみたいに猪突猛進で攻めてきていたのに」

「誰がイノシシだっ!」

「けど、今はこうした方が良いのか悪いのか、考えて行動しようとしている。それは決して悪いことじゃないけど、それで足がすくわれてたら本末転倒よ」


 ロゼの言葉に間違いはなく。ソラは口先を尖らせて尋ねる。


「じゃあどうすりゃいいのさ…」

「やっぱり何事も経験を積むのが一番ね。貴方の場合は頭で慣らすより身体で慣らした方が良いわ。相手がこう動いてきたらこう動けばいいって身体が反応出来るまで実践あるのみよ」


 ロゼのアドバイスを聞きつつ、ソラは丸太横の岩に置いてあった手ぬぐいで汗を拭き始める。

 と、首筋を流れる汗を拭おうとした瞬間、手ぬぐいがソラの首に掛けてあった()()に引っかかってしまった。


「ぐええっ!?」

「どうしたの…?」

「これ! このペンダント! ちょっと取って!」


 これまで以上の動揺を見せるソラ。その慌てっぷりにため息を洩らしながらロゼは彼女の傍へ近付き屈み込んだ。


「慎重にね! 絶対壊しちゃだめだよ!」

「はいはい」


 そこまで丁寧に扱って欲しいのならば稽古中は外せばいいのにと、半ば呆れながらもロゼはソラが掛けていたペンダントを取り外した。

 と、ロゼはそのペンダントをおもむろに見つめる。不器用ながらにも温かみと愛情が伝わる手製のペンダント。そんな細工以上に目を惹くのが、トップを飾る親指大はある水晶体の宝石だった。

 降り注ぐ木漏れ日を浴びて、光り輝くその石をロゼは暫し眺める。


「か、返して!」


 するとそんな彼からソラは慌ててペンダントを奪い返した。


「……色気も飾り気もないと思っていたら…そんな美しいものを付けていたのね」

「失礼な! これは兄さんから貰った手作りのプレゼントで、大切な宝物だから毎日付けてたよ! ただ…こういう珍しいの付けてると皆バカにしてくるだろうと思ったから…それに汚しちゃっても困るから、服の下に大事に隠してただけなの!」


 ソラはそう言うとペンダントを再び首に掛ける。


「誰にも言わないでよ…絶対秘密だからね!」

「言わないわよ…絶対に」

「ホントに?」


 疑いの眼差しをしつつ、彼女は再度ペンダントを大事そうに服の下へと忍ばせた。

 言葉とは裏腹に食い入るように見つめてくるロゼ。その視線が気まずくなったソラは急ぎその場から立ち上がる。


「絶対だよ! 絶対にカムフにもレイラにも…一応キースにも言わないでね!」


 念を押すようにそう叫びながら、ソラは逃げるように去っていってしまった。




 一人とり残されたロゼは深いため息をつくと、顔を洗うために近くの小川へと向かう。

 その間に額から流れ落ちる一筋の汗。

 それはこの初夏の暑さから流れ出たものではない。


「―――安心なさい…ちゃんと強くなっているわよ……」


 誰に告げるわけでもなく、ロゼはポツリとそう漏らした。







    

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