54項
翌日の正午。
ソラは母と共に出かけることもなく、勿論レイラたちと旅行に行くこともなく。部屋のベッドでゴロゴロしていた。
まるで芋虫のように布団に丸まったまま、一向に出てこようとはしない。
「ソラー…レイラとキース、もうエナバで出発しちゃうぞ? ソラのおばさんも一緒のエナバだってんだからさ…せめて見送りに行かなくても良いのかよ?」
ベッドの傍らでは最後の説得を試みるカムフの姿があった。
「いいの! 天気悪いからお母さんは見送らなくてもへーき言ってたし、それにいつものヘンな人たちだってエナバに乗ってったんでしょ?」
「そりゃ、そうだけどさ…」
カムフはそう返しながらおもむろに窓の外を見る。
確かに天候は悪く、遠くでは雷鳴が聞こえていた。ソラの母の予測では間もなく嵐が来るかもしれないと言っていた。
ただ、それでも薬が切れては困るからと母は強引に出かけてしまったわけなのだが。
「…ったく…ここだけの話だけどさ。レイラさ、ホントにソラを旅行に誘いたかったらしいぜ? 王都にいる兄ちゃんに会わせてあげたいから一緒に連れてってって言って、おじいちゃんおばあちゃんたちにもいっしょうけんめい頼み込んでたって。キースが言ってたぞ」
「レイラが…?」
その言葉を聞いてようやくソラは重い腰を上げる。
布団は被ったままであるが、顔だけをカムフに向けてその大きな瞳をぱちくりさせた。
「ソラを驚かしてやりたかったんだって。けどついムキになっちゃったって反省してた。だからさ、旅行からレイラとキース帰ってきたら謝ろうぜ? 俺も一緒に謝るからさ」
『反省していた』という言葉に、ソラの胸がチクリと痛む。
しばらく沈黙していたソラだったが、その後にポツリと呟いた。
「…わかった」
俯いたソラは小さくそう頷くと、再び布団の中へ潜ってしまった。
それは意地っ張りな彼女がようやく折れたことに対する、純粋な照れ隠しで。
それを察したカムフはそれ以上は何かを言うわけでもなく。
小さなため息を吐いてから静かに部屋を後にした。
(レイラが返ってきたらちゃんと素直に謝ろう…そしたらきっといつも通り『何珍しいこと言ってんのよ』って許してくれるよね…そしたらまた一緒に遊べるよね…)
そんなことを思っているうちに、ソラは布団の中で寝息を立てて眠ってしまっていた。
「ソラ! ソラッ!!」
―――そのときは突然訪れた。
扉を開ける音と共に聞こえてきた叫び声。その声にソラは飛び起きる。
「お、父さん…?」
瞼を擦りながら「おはよう」と言いかけたが、外が暗かったことから今が夜であることに気付く。
しかも殴りつけるような横降りの大雨で、母の予測通り嵐が来ていたようだった。
「ソラ…落ち着いて聞くんだ…!」
寝ぼけ眼であるソラの肩口を掴むと、父はなるべく落ち着いた口調で話した。
「母さんたちが乗ったエナバが…崖から落ちていたらしい…」
「え…?」
その直後、ソラの全身から一気に血の気が引いた。
倒れてしまいそうなほどに身体は力を失っていき、失神しなかったのが不思議なくらいだった。
それは恐らく、そうならないよう父ががっしりとソラの肩を支えてくれていたからかもしれない。今でこそソラはそう感じている。
「お母さん…だって、レイラとキースも…昼に、出たんだよ…?」
現時刻は夜。それも深夜という時刻であった。
いつもならばもうとっくに帰宅しているか、遅くなっても今頃帰って来る時刻であった。
もしかするとドアの向こうから『何冗談言ってるのですか?』と、母がやって来るかもしれないとソラは願ったが、そんなことはなく。
ドアの向こうからは妙に生温い風がビョウビョウと入ってくるだけであった。
「転落に気付かず…発見が遅れたらしい…今は救助されてシマの村に戻ってくるそうだ。俺は少し様子を見てくるから、ソラは大人しくここで待って―――」
父は顔を顰めながらも、それでも冷静に努めて話した。
確かによくみると父は寝間着ではなく雨合羽を羽織っており、これからこの嵐の中を出ていく格好をしていた。
と、ソラはそんな父の服袖を掴んだ。
「ヤダ…あ、あたしも…一緒にいく…」
そこからボロボロと涙を零し泣き始めてしまい、泣き止みそうにないソラを父は仕方なく連れて行くことにしたようだった。
というのも、ソラはこの後の展開についてあまりよく覚えていなかった。
なので、これから話す内容はカムフの回想も交えた話となる。




