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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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49項

    







 理由を聞かれたソラは、何故か目を泳がせながら答える。


「せ、せっかく、日課になってきたのにさ…ここでお休みしちゃったら、七日坊主になりそうだし…」

「あら、それはつまり稽古の意気込みなんてその程度だったってことかしら?」

「ち、違うって!」


 即座にかぶりを強く振って否定するソラ。


「そ、そうじゃなくってさ……」


 稽古自体、これまでのように一人でコッソリと行うことも出来た。それでも良かった。

 こんな時間に無理してまでロゼと稽古をする必要などはない。

 だがそれでも、ソラはロゼと一緒に稽古をしたかったのだ。


「独りじゃない方が稽古になるってわかったっていうか…張り合いがないっていうか……つまんないっていうか……」


 そんな理屈を並べながら、ソラはふと脳裏に先ほどの食事風景を過らせる。

 皆に迷惑を掛けたお詫びにと手料理を振る舞ったレイラの視線は、ソラやカムフ、キースよりもロゼに多く向いていた。ような気がしたのだ。

 出会ったばかりであるというのにソラ以上に親しく話している二人の様子が、少しばかりソラは気にくわなかったのだ。

 ちなみに、ソラ自身はこの感情がなんと呼ぶのかは気付いていない。


「や、やっぱだめかな…」


 つまりこれはただただソラの子供じみた我侭でしかなかったのだ。

 勿論我儘だと(そんなこと)はわかっているからこそソラは気まずそうに俯きながらロゼの返答を待っている。

 そんな彼女へロゼはため息を吐いてから答えた。





「……お酒も飲んだ後だし、それに寝る前は極力汗を掻きたくないんだけど…」

(汗かいてたとこなんて見たことないけど…)


 ロゼからしてみれば、断る理由などはいくつでも挙げられた。

 こんな夜更けの中でわざわざする必要もないし、稽古の物音が旅館で就寝しているノニ爺やレイラたちの迷惑にもなる。

 今焦らずともまた明日になればいくらでも稽古を付けられる。

 それが妥当な回答だ。ったのだが―――。

 

「―――良いわよ」

「え?」

「ただし、いつもの場所じゃなくて旅館の玄関前でやるわ。その方がエナ製外灯(エナ灯)の明かりがあって見えやすいし、物音で皆を起こす心配もないでしょうからね」


 ロゼはため息交じりにそう返した。

 予想外の言葉に一瞬呆気を取られたソラだったが、その顔は徐々に喜びの笑みへと変わる。


「ホント…? やった! よかった…!」


 まるで遊んでもらえる子供のように無邪気な顔で立ち上がると、早速玄関の外へ駆けていこうとする。

 その天真爛漫とも呼べるはしゃぎように、もう一度ため息を吐くロゼ。


「その前に…何か言う言葉があるんじゃない?」


 と、彼の言葉を聞いた途端、ソラの動きがピタリと止まる。

 渋々と振り返ったソラは、強気というよりも意地悪く笑うロゼの顔を見つけ、思わず顔を顰める。

 ロゼとしてはその反応は想定内だった。

 どうせ礼の言葉なんて意地でも言わないか、せいぜい嫌そうに言うかだろうと彼は思っていたのだ。


「……ありがとう」


 だが、しかし。

 予想外にもソラは深く息を吐き出した後、囁くような小声ではあったがそう答えた。

 しかも嫌々ではなく、照れ臭そうな笑みと共に。

 思ってもみなかった彼女の返答には思わず、ロゼの方が驚いて目を丸くする。


「……ほ、ほら、早く! 行こっ!」


 と、そんな彼の驚きぶりを察したのだろう。

 ソラは真っ赤になっていく顔を隠すかのように視線を背けると、逃げるように急いで旅館の外へと駆けていった。

 

「…どういたしまして」


 独り残されたロゼはポツリとそう返しつつ、さっさと消えていってしまったソラを追いかけるべく歩き出す。


(これは―――思ったよりも早く打ち解けてくれそうだ…)


 人知れず笑みを浮かべながら。






 旅館の外―――玄関前へと出たソラとロゼ。

 木々の隙間から覗く月明かりと、玄関前の外灯が二人を照らす。


「せっかくの状況だし…暗い場所での戦闘を想定して戦ってみましょうか。闇討ちなんてのもあるかもしれないものね」

「一般民少女は早々闇討ちには遭わないってば」

 

 と、言い返しながらもソラは持ってきた木刀に力を込め、構える。

 二人共、武器を構えているというのにその口許は僅かに緩んでいて。傍から見れば()()()()であった。


「それと…一応忠告だけしておくわ。視界が悪いからって怪我だけはしないようにね」

「えー…それは無理だって」


 暗闇と灯りのコントラストに映える、ロゼのいつもの不敵な笑み。

 その腹の内には何を秘めているのか未だに解らない気取った男。

 だが、気が付けばソラはそんな彼の隣も歩けるようになっていたし、敵対していたあの頃の気持ちも、もうなくなっていた。


「けど―――今日こそ一本取るつもりだから!」


 ソラはロゼにも負けない強気な笑みを見せつけてから駆け出した。







    

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