44項
バランスを崩してしまったレイラは悲鳴と共に身体が傾き、そのまま草藁生い茂る坂を滑り落ちそうになる。
「ッ…きゃ!!」
―――だが次の瞬間。
突如どこからともなく巻き起こった突風に煽られるようにして、彼女は転げ落ちることなくその場に尻餅をつくだけで済んだ。
「ったく……大丈夫なの…?」
「いったあー!!」
ロゼがゆっくりと坂を下りつつ、レイラへと近付く。幸いにも大した怪我はしていなかった。
のだが、しかし。
「足首…捻ったかも…」
そう言ってレイラは右足を押さえる。顔は先ほどから苦痛に歪んだままである。
しかし、それでも彼女は強引に立ち上がろうとて近くにあった木の幹にしがみつこうと手を伸ばしていた。
「いっつー……じゃ、なくて、わたしはへーき! 平気だから! ホントにホント!」
無理して笑って見せようとするその様子はソラとよく似ていて。
ロゼは思わず小さくため息を吐いた。
「ったく…仕方がないわね」
そう言うとロゼは無理やり立ち上がろうとしているレイラの前でしゃがみ込んだ。
「ほら、足を診せてみなさい」
「え? っと…こ、こう…?」
狼狽えつつもレイラは言われるがままに長靴を脱いで、捻った箇所をロゼへと見せる。
軽く触診したところ、腫れもそれほどではなく。至って軽度の捻挫のようだった。
と、ロゼはそう説明する。
「一応布を巻いて固定はするけど…自力で歩けそう?」
「これくらいへーきだって言ってるじゃない! これ以上迷惑なんてかけられないわよ」
そう言ってまたしても無理やり立ち上がろうとするものの、その顔は即座に歪み、身体は痛みのせいかそのまま硬直してしまう。
そんな様子のレイラを見たロゼは軽く吐息を洩らした後、その背を彼女へ向けた。
「ちょ…ちょっと。それ、どういう意味…」
「どうもこうも…歩けそうにないなら担いで行くしかないでしょう?」
「い、いいわよ…わたしは歩けるって言ってるじゃない」
「迷惑掛けても良いって言っているんだからこういうときは素直に甘えなさいって…それに、このまま日が暮れる方が厄介だわ」
ロゼの言っていることは最もであり、先ほどよりも日は暮れ、辺りは薄暗くなり始めている。
暫くとレイラは唸るような声を上げながら悩んでいたが。散々迷った挙句、彼女は仕方なくロゼの背を借りることにした。
思わぬ事態によって、ロゼに背負われた状態で帰路に立つこととなったレイラ。
と、その道中。
彼女はおもむろにぼやき始めた。
「最悪…ほんっと、さいあく……今日はとことん災難だわ…」
心の底から漏れ出る悔しさ。込み上げる自分への憤り。情けなさ。それらの感情を吐き出すように、彼女はロゼに話すつもりでなくとも喋り続ける。
「これじゃあ姉らしくどころか…カッコ悪いとこしか見せてないわ…あの日だってそう……わたしは結局、何にも出来やしなくって…ホンット情けない……」
その感情は次第に昂り、レイラの瞳からは涙が零れる。
堪えようとしても一度溢れ出てしまった涙はまた一つ、また一つと彼女の頬を伝っていく。
ぐすぐすと啜り泣くレイラの声を聞きつつ、ロゼはため息交じりに呟いた。
「―――確かに貴方は私とも似ているかもしれないわね…」
彼女に届くか届かないかの声量で洩らした言葉。
続けて、今度はレイラにも届く声で言った。
「……別に姉らしくなんてものを演じる必要なんてないわ。カッコ悪く醜くたって、貴方らしい思いやりの方が…私は美しいと思うわよ」
「…美しいって言っても……わたし、そんなキースに思いやれてるかもわかんないのに…」
「そうね……姉としてはどうなのか疑問だけど…でも、キースが姉を想う姿を見ていれば一目瞭然じゃない…?」
濃いめの化粧とは相容れぬ穏やかで優しい横顔。
どこか懐かしいその温もりに、レイラは思わず彼の肩口に顔を埋めた。
「それに、そこまで気になるんだったらいっそのこと直接本人から聞いてみたらどう?」
「…『わたしって姉らしく出来てると思う?』って聞くの? それってめっちゃカッコ悪いんだけど…」
「そうね。私だったらまずしないわ」
「自分で言っておいてなによ、それ…」
顔を伏せたまま笑うレイラ。釣られるようにロゼも笑みを零す。
こうしている間にも辺りは暗さが増していき、互いの顔色も見えにくくなっていく。
レイラは何度か鼻を啜った後、静かにロゼのコートへ頬を寄せた。
「いいにおい…」
「ちょっと…このコート特注品なんだから汚さないでよ…?」




