43項
僅かに眉を顰めたレイラは、暫くは回答に困っていたものの。おもむろに深いため息を吐き出し、その場にしゃがみ込んだ。
「そりゃあ商人の娘だから人を見る目はあるのよ。なーんてカッコつけて言いたいけど……ちょっとだけ、わたしと似てるかなって思ったのよ」
そう言いながらレイラは持ってきていた鎌を取り出し、手慣れた素振りで蕗を刈る。
「キースって無口な子…っていうか全く喋んない子だって思ったでしょ? でもそうじゃないの。昔、とある事故のショックで声が出せなくなっちゃってね。それもあってわたしね、キースの前ではお姉ちゃんらしく振る舞いたいっていつも気張って演じようとしてるのよ、こう見えても。でも……キースはわたしなんかより出来た弟だから手を焼くこともほとんどなくって…逆にわたしの方が迷惑かけてばっかで空回りしちゃってて……」
気付けば彼女の手は止まっていた。しかしそれに気づくことはなく。
レイラはただの愚痴なのか相談なのかわからないような台詞を吐き続ける。
「だからシマの村に来たらもう少しは姉っぽく見てもらえるかなと思ってたまに遊びに来てるんだけど…結局ソラといがみ合っちゃって、それどころじゃなくなっちゃうのよね」
「だったらいがみ合わないようにすれば良いだけじゃない。貴方がもう少しは大人な返しでも出来たなら姉らしくも見えるでしょうに」
ロゼの意外な返答に一瞬驚くものの、レイラは直ぐに破顔して返す。
「フフ…そうかもしれないわね。でもね…初恋相手もソラ大好きで、カムフだっていつもいつもソラのことばっか……そんなの見せられ続けたら『わたしだって負けてないのに』って…ついムキになって張り合いたくなっちゃうものなのよ」
そう言ってレイラは勢いよく鎌を振る。悲しくも八つ当たりされた野草たちは青臭さを漂わせつつ、地面へはらりと落ちていく。
と、そこで彼女は我に返り、恥ずかしさを誤魔化すべく大きな声で笑う。
「―――って…アハハ…ごめんなさい。ここまで話すつもりはなかったのに、つい喋り過ぎちゃったわね」
「…じゃあどうしてそんな話を切り出してくれたの…?」
噴き出る汗を拭いながら立ち上がると、レイラは自身の頬に指を当てつつロゼへ言った。
「ほら、化粧って素顔を隠すためにするものでしょ? それなのに無神経にも引っぺがすようなこと言っちゃったから……だからわたしも自分の隠してる一面を晒したの。これでお相子ってことで」
土が付いた彼女の笑顔に釣られる形で、ロゼもまた笑みを浮かべる。
黒髪を風に靡かせ、魅せる彼の微笑。その名画のような破壊力にレイラは思わず視線を逸らす。
「……私と似ているって言っていたけれど…貴方はソラとの方がとても良く似ているわよ」
「そ、それは…誉め言葉にならないわよ」
レイラはそう言うと不機嫌そうに頬を膨らませたのだが。
その顔が誰かに似ていることは、言うまでもなかった。
初対面時よりは随分と打ち解けたロゼとレイラは山菜採りを日暮れ間近まで続けた。
夕暮れ時であるというのに今の時期のせいか、暮れなずむ空はまだ明るい。
それでも終了には丁度いい頃合いだと、ロゼの提言にレイラも同意しソラたちと合流することにした。
「結構採れたんじゃない? これなら煮物だって揚げ物だってなんだって作れそうだわ!」
意気揚々と、足取りも軽く山道を進むレイラ。
その後方を歩くロゼはそんな浮かれた様子の彼女に苦笑しつつ、ため息交じりに言った。
「作り手は大変になるでしょうけどね」
と、彼女は不意に足を止める。
軽い坂の下。草むらの中から姿を見せたその木には赤い実が生っていた。
「あれってマルベリーじゃない。せっかくだしスイーツも必要よね」
大きな独り言のようにそう言った後、レイラは早速道なき草藁の坂を下っていく。
「ちょっと…勝手な行動はしないで…!」
「へーきよへーき。すぐ目の前だから……!」
ロゼの制止も聞かずにレイラはゆっくりと坂を下っていき、マルベリーの木へと手を伸ばした。
あと少しで届く―――そう思った直後だった。
その手は実ではなく誤って宙を掴んでしまい、それにより彼女はバランスを崩してしまった。




